ベクトル方程式 | ナノ





昨晩のうちに氷帝学園の学園長には話を通しておいた。そして校内にある小会議室を借りておいた。

腕時計を確認すれば時刻は午前9時30分。私は自分で淹れたお茶を飲んだ。


『ん?』


ポケットに入れていたケータイが震える。メールのようだ。


『……妖兄?』


メールを開けば、なんの飾り気もない妖兄からで。

「泥門の夏合宿の場所を確保しておけ。国内だろうが国外だろうが好きにしろ」

来るだろうと予想していたメールが届いた。これを見越して私は跡部さんに合宿所提供を頼んだのだ。

だけれど、

まだ、メールの返信はできない。


すると扉がノックされる。


『どうぞ』
「し、失礼します」


ノックの後におそるおそる扉から入ってきたのは言わずもがな、泥門の校長だった。


『ご足労感謝致します、校長先生』
「い、いやこちらこそ、時間を割いてもらっちゃって……」
『どうぞ、椅子にお掛けになってください』


私がそういえば校長は入口近くの椅子へと腰掛けた。私はお茶を淹れて校長の前へとおいた。


「あ、ありがとう」
『いえ』


私は校長の前の椅子へと腰掛けた。


『では、お話いただけますか?』
「……昨年、アメフト部である泥門デビルバッツが全国優勝を果たしてから我が泥門は多方面で変化を遂げました。部活動の体制、入試志願者など様々」


私立の学校が一番重視するのはどれだけ入学希望者を集められるかだ。

人を集めるには学校の公告塔が必要となってくる。進学率の高さだったり部活の成績などが主な例だ。そういう意味合いでは昨年のデビルバッツの優勝は大きな広告塔となっただろう。

そして学校側はその部活の力を持続させるためにも財力を使うようになる。きっと今年のデビルバッツには昨年の倍以上の部費が入っただろう。といっても、昨年は妖兄の力もあってお金に困ることはほとんどなかったけれど。校長も多額のポケットマネーを出してくれたと記憶している。


「昨年はビクビク怯えていただけだけど、今年は純粋に応援したいと思っていたんだ。僕自身も学校側全体も」
『えぇ』
「知っているとは思うけど、最近、調子が悪いみたいで……」
『そうみたいですね』
「い、一度蛭魔くんに今年の調子はどう?って聞いてみたんだけど、最高潮だっていうんだ」
『……』
「彼の、作戦なのかもしれないと思った。きっと彼のことだから、ぼ、僕らには到底理解できないような作戦を考えているんじゃないかって。でもこの間の練習試合、素人目からみても良い試合とは言えなかった」
『……』
「昨年とはメンバーも変わってしまったし、そりゃあ去年と同じレベルの試合ができるかと言われれば無理なのかもしれない。でも、なにか、こう、根本が変わってしまったように見えて……」


この校長は妖兄の脅迫にただただ怯えているヘタレな校長ではあるけれど、泥門のことをしっかりと見ているし考えているようだ。


「表面では変わっていない、でも内側が違う気がして。シックスセンスとしか言えないのだけれど……」
『なるほど。それを感じ始めたのは?』
「ここ、一ヶ月位だろうか……」


一ヶ月以上前(あの事件の時)に訪れたときには何も感じなかった。しかし、2週間ほど前に妖兄の家に帰ったとき、違和感を感じたのだ。

あの家には、妖兄のものでもなく私のものでもない、誰か他人の気配を感じた。あの家に私と妖兄以外の誰かが足を踏み入れるなんてことは有り得ない。あれだけ個人情報をひた隠しにしていた兄が、誰に住所など教えるのか。それでも、誰かがそこに訪れたことがあるといった痕跡があったんだ。

きっと、関係性があるに違いない。


『校長先生』
「な、なんでしょう」
『泥門生徒の個人情報へのアクセス権をいただきたい』
「えっ!?」
『もちろん悪用は致しません』
「し、しかし」
『今回のこの事件を解決するためには必要です』
「……」
『許可していただけるのでしたら、他に報酬は望みません』
「……」
『これは明らかに内部の問題です。外部の力ではないと私は考えています。わかりますか?』
「……わかりました、許可します。ですから、ですからっ」
『もちろん、責任をもって解決いたしましょう』


校長は、顔を伝う汗を拭いていた。


なぜだろう、寒気がする。冷房は付けているけれど、そんなに設定温度は低くないはずだ。現に目の前の校長は汗をかいている。

でも、寒い。

腕に鳥肌が立つほどには寒い。そして、背中には気持ち悪い冷や汗が伝っているのを感じる。

あぁ、嫌な予感ってやつか。



その寒さは冷房のせいではないのだろう



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