ベクトル方程式 | ナノ




『天才だと持て囃された金剛阿含だってセナに負けた。それはセナが毎日練習を怠らなかったからだ。努力する天才、進清十郎にセナが勝ったのだって死に物狂いで戦ったからだ。私はそれを知ってる。でも、今は違う。金剛阿含は練習してるし進清十郎も相変わらず自分に厳しい男だ。体つきや目つきを見れば一目瞭然。お前たち泥門は真面目に練習なんてしていなかった』


ここまで言って気がつかないのであればそれまでだと割り切るつもりでいた。


「俺は、何をしてやがったんだ……」


まるで頭痛を耐えるようにして妖兄が言葉を紡ぎ出す。


「よ、妖一?」
「触んじゃねぇ」
「ッ!?」


伸ばされた椿屋栞子の手を振りはらった妖兄。椿屋栞子を信じられないといった表情を浮かべる。そして私を睨みつけた。


「あんた……」
『椿屋栞子さん、貴女は相手を見誤った』
「自分の頭の良さを自慢でもしたいの……?ふざけないでよ!」
『違いますよ、私のことじゃない』
「だったら……だったらなによ!」
『泥門デビルバッツというチームを、ですよ』
「何……」


意味がわからないと顔をしかめる椿屋栞子。


『貴女が知っている泥門デビルバッツなんて、知識の一端に過ぎない。泥門デビルバッツの本当の強みを貴女は知らない』


詳しくはわからないが、アニメは漫画といった媒体を通じた情報しか持っていない彼女は泥門がどうして昨年優勝できたのかという本質を知らない。運、努力、才能、言葉にするのは簡単だ。

努力に裏付けされた運。ほんのひとにぎりの才能。

主人公のいる学校だから、負けることなんてない。そんな夢物語を心のどこかで描いていたのだろう。

違う。そうではないのだ。

泥門ははっきりいって弱い。それでも軒並みならぬ努力を各自が続けたからこそ上位と戦えるだけの力を蓄えられたのだ。

しかし一ヶ月も練習を怠ったチームは、所詮そんなチームになる。


『妖兄だって恵まれた体じゃない。栗田さんだって欠陥が多い選手だ。でもアメフトが好きだから努力できたし、し続けた。セナも教わった走りを不本意な形ではあれ実践し続けていたし、モン太だって憧れの選手に近づく為に泥まみれになっていた。欠片みたいな小さな才能を最大限に引き出す練習を行っていた。原石は不格好で全然光ってないけどそれを毎日毎日こすれば光り輝く宝石になった。でも今は?磨くことを忘れた石は煤だらけ』


私は椿屋栞子が言った通り毎日彼らのことを見ていたわけではない。しかし見なくてもわかる程に彼らは努力する人たちだった。だからこそ、今は見なくてもわかる。努力を怠ったのだと。

まあそれは、現状からして仕方ないことであるのも理解しているが。


「やっぱり、あんたは、消さなきゃダメね」


椿屋栞子は何かを言い残してこの場を去った。


『妖兄、平気?』
「未久……」


妖兄は顔を上げることなく、自分の座っているベンチのとなりをぽんぽんと叩いた。座れ、と言っているのだろう。私は妖兄の隣に座った。


「気がついたら、アイツが居た。隣にな。何故かそれが居心地よくてな」


ぽつり、つぶやいた妖兄の声はか細いものだった。


「理由なんていらなかった。でも、今ならなんとなくわかる。あそこは、お前がいたところなんだよな」


昨年、私がやっていたはずのことが何故か椿屋栞子がやっていたことになっていて。そういう記憶操作が行われていた。だからこそ、椿屋栞子が妖兄の隣にいたことは私が隣にいることとほぼ同義だったわけだ。


「少し感じていた違和感だって無視した……俺らしくねぇって笑うか?」
『笑わないよ。笑うなら、しおらしい今の妖兄に、かな』
「ケッ、」


ベンチにおいていた私の右手に、妖兄の左手が乗せられた。


「お前の作った肉じゃがが食いてぇ」
『それ、恋人に言う言葉じゃないの?』



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