時刻は午前9時30分。試合は11時開始だとさっき桜庭さんから聞いた。そして実はまだ揃うべき人たちが揃っていなかったりする。
今回の練習試合、泥門対王城だけではないのだ。
あと2チーム、ここに来る予定だ。
グラウンドでのアップの様子をカメラを通してスマホで確認しながらバスを待つ。すると一台のバスがこちらに向かってきたのが見えた。あのバスは、西部だ。
『お疲れ様です』
「お前蛭魔未久か。なるほどな」
最初に降りてきたのは甲斐谷陸。セナの兄貴分であり、セナに走り方を教えた師匠とも言える存在。走りという一点だけで見ればセナの方が上だが、走りに加えるプラスアルファ、テクニックと言われるところはセナやあの進さんよりもきっと上。
超攻撃型チームの一角である西部には欠かせない逸材だ。
「久しぶりだねぇ、未久ちゃん」
『お久しぶりです、キッドさん』
そしてキッドさん。お馴染みのテンガロンハットを人差し指で押し上げて私を見やった。
「探るようで悪いんだけど、どう?泥門さんの様子は」
『最悪ですよ』
包み隠す必要なんてない。何故ならもう2時間もしないうちにその醜態が明らかになるのだから。
「んーそれは困ったねぇ」
別段困った様子のないキッドさんに思わず苦笑。バスから全員が降りたのを確認して私は声を上げた。
『控え室の方にご案内します。ついて来てください』
そういえばぞろぞろと私のあとを付いてくる西部の面々。私の隣に並んだ甲斐谷陸が独り言なのか私に対してなのか口を開いた。
「弱くなる要素なんてないはずなのに、どうしたんだよ泥門……」
傍から見ればこの感想が漏れるのもしょうがないだろう。何も変わっていないのだ、泥門は。創設者の3人は抜けても、その穴を埋めるように有望な1年が入部してきたわけだし、選手層も厚くなった。強くなることはあっても弱くなる要素なんて存在しないはずなのだ。事実、春大会の成績は悪くない。
しかし春大会を終え夏休み直前に急激な不調。不審がるのも無理はない。
『……げ、』
ポケットで震えたスマホを見れば届いたメールに思わず毒づく。もうひとつのチームがもうすぐ着くという内容のメールだった。しかし今は西部を案内している最中。これを投げ出すわけにも行かない。
だからといってあの学校を放っておくのも問題ありだ。あの学校というよりは、あの男なのだが。
『少し急ぎますね』
一言断りを入れた私は少し歩く速度を上げた。
案内を終えた私はすぐに踵を返しバスが到着する場所へと駆けた。
走っていれば丁度バスが停車したところのようで一安心。距離にすれば1キロもない距離なのだが全速力を久しぶりにしたせいで疲れた。
『長いバス旅、お疲れ様です。神龍寺のみなさん』
そう、もう1チームというのがこの神龍寺である。そして私に事あるごとにメールを送っていた人物が、コイツである。
「1ヶ月ぶりじゃねぇの?未久ちゃーん?」
『うるさいドレッド。いちいちメールウザイんだけど』
「ツレねぇな」
金剛阿含、その人である。
しかし今のこの状況で信頼できるといえる数少ない人物であるのもまた事実であり、無碍にできないのである。
「んで?てめぇの愛する兄貴は相変わらずなのか?」
いちいち癪に障る。私は睨みながらも口を開く。
『まあ、ね』
役者はこれで揃った。
あと私にできるのは、絶望に叩き込む小細工くらいだろう。
青い糸