ベクトル方程式 | ナノ




あのあと案内を終えた私は施設の説明をし、その場を去った。何度も言っているが今回私はマネージャーとしてここにいるわけではないのだから。

私は約束の通りドリンクを作り宍戸さんのもとへと届けると、プールの向こう側にあるイーストコートへと向かった。

イーストコートには忍足さんと若がいた。


『お疲れ様です』
「おー、未久ちゃんもおつかれさん。どうやった?」
『どうと言われましても』
「ははは、せやね」


忍足さんはタオルで顔を拭きながら笑った。若も素振りを終え、こちらへと近づいてきた。


「俺はアイツ、気に食わないですね」
「なんや日吉、会ったことあるんかいな」
「えぇ、まあ一度だけ」
『偶然だったんですけどね』


思い出すのは夏休みの序盤、光と一緒だったあの時のことだ。


「俺たちを見る目と未久を見る目全然違いました」
「典型的なやつやな」
『忍足さんも気をつけてくださいね?』
「気をつけるて、何を?」
『人工芝のグラウンドの途中にはウエストコートがあります。さっき案内してる時にも勿論そこを通ってグラウンドに向かったわけですけど……』
「はは、まさか……」
『明らかに捕食者の目でしたよ』
「勘弁してや……」


がっくりと肩を落とす忍足さんを慰めの意味も込めて撫でた。


「未久、ちゃ、ん?」


きょとん、と目を丸くした忍足さんに私こそ驚いた。


『なんですか?』
「いや、うん、なんでもあらへんけど……せやね、おおきに」
『あ、はい』


するとポケットに入れていたスマホが震えだした。二人に断りを入れて取り出せば着信。名前は、円子令司。


『もしもし』
「未久ちゃん?オレだけど?」
『オレオレ詐欺ですか、と言いたいところですが面倒なんで。なんですか、円子さん?』
「ちょっと、未久ちゃん。発音はマルコで頼むっていったよね?」
『はいはいマルコさん。なんでしょうか』


円子令司。白秋ダイナソーズのQBでうちの兄同様、頭のきれる名QBと言えるだろう。それでも名前がよく上がらないのは彼自身“天才”ではないからだ。その独自の情報量も彼が自分の手で手にしたものなのだ。


「まぁ、いいっちゅう話。話っていうのは、今の泥門のことっちゅう話」
『!』
「噂っていうのは良くも悪くも広まりやすい。うちのとこまで泥門不調の話は聞こえてきてるっちゅう話だよ。だからどうしたって話だけど、峨王も気にしてる様子でさ」
『泥門不調の真意を確かめようと?』
「簡単に言えば」


白秋ダイナソーズは昨年の関東大会で泥門と決勝を演じてみせたチームだ。泥門と同じく関東大会初参加のチームとあって昨年は騒がれたものだ。特にDT(ディフェンシブタックル)のポジションにつく峨王力哉は必要とあればQBを潰し、チームごと崩壊させる程のちからの持ち主。
勿論というべきか、昨年妖兄は峨王に腕の骨をやられた。妖兄だけではなくキッドさんもだ。QBだけでなく、そのQBを守るライン勢も多く退場まで追いやられている。
そんな白秋を破った泥門は力が全てとも言える峨王にそれなりに気に入られたらしく、特にワールドカップの際に頭角を表した中坊と戦いたくてうずうずしているとか。


『それで私が情報をながすとでも?』
「そんなの欠片も思ってないっちゅう話だよ。交換だよ、交換」
『有益な情報をくれると?』
「まあね」


本当に食えない男だと思う。私が一番望んでいるものを当たり前に提示してくるのだから。情報屋というものは報酬の代わりに情報を売る。その報酬の大半は金だ。まあ、その金で生活しているわけだから文句は言えないが、私自身、金なんてどうでもいい。

情報の対価は情報である。

相手に有益な情報を売る代わりに自分に有益な自分の持っていない情報を貰う。熾烈な情報戦とも言えるこの時代、金なんてもらっても意味はないのだ。


『で、どんな有益な情報を?』
「知ってるかい?イタリアンマフィアっていうのはリアリストかと思いきや、ちょーっとばかし人ならざるものを信じていたりもしてね」
『は?』
「悪魔憑きとか、さ」
『!』
「契約印とか、さ」
『……どうしてそんな情報を私に渡そうと?そんな情報望んでいないかもしれない』
「望んでる」
『っ』
「っはは!未久ちゃんも相当弱ってるっちゅう話。カマかけられてるのに気付かないわけ?」
『……はいはい、もういいよ』


一杯食わされたのはいつぶりだろうか。それもこれも、彼が言った通り、今の私には余裕がないのだろう。


『それで、私には何を望むの?』
「俺が欲しいのは今の泥門の状態の理由だよ。勿論?どんな非現実的なことだって鮮明に言ってくれなきゃ困るんだけど?」
『本当に……どこから情報手に入れるんだか』


そして私たちは取引を行う。



操り人形の行方


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -