ベクトル方程式 | ナノ




8月の下旬に差し掛かったころ、計画されたのは合宿。詳しくはないけど、合宿をするであろうことは既に“知っていた”し、それなりに心づもりはしていた。けれど予想外ことが一つ。

合宿場所を提供したのがあの蛭魔未久とかいう女だということ。

蛭魔未久。蛭魔妖一の妹だと語る謎の女。でも私は知ってる。あいつはこの世界の“異常”なんだってことを。

私をこの世界に連れてきてくれたあいつは言ったわ。
「あの世界には大きな魂がいくつも存在する」ってね。
普通大きな魂っておかしいじゃない?きっとそれは世界にとって邪魔なもの。蛭魔未久ってのはそんな邪魔な存在の一つなのだと思うの。

いくつあるかは、まだ全然わからない。でもそのすべてを取り除いたとき、私は本当にこの世界の“ヒロイン”として愛される存在になるに違いない。


未久に案内された建物はすごく大きなお屋敷だった。洋式のお屋敷はそれこそ童話に出てきそうな立派なお屋敷。中もすっごく綺麗で、赤い絨毯がひかれてた。
私には一人部屋が用意されていて、クイーンサイズのベッドが置いてあるのに全然狭くない部屋に驚きを隠せなかった。

いくら妖一の妹の設定だからって、こんなお屋敷を合宿に用意できるなんて。

私だってそれなりの家柄の設定だけど、こんなすごいのは知らない。

なんて考えてる余裕はなかった。14時30分から練習が開始されるんだからそれまでに支度を終えなきゃいけない。

すぐさま支度をして、私は部屋を出た。


着替えを終えたみんなは既に入口のところにいて、私は小走りで彼らに近づいた。


「遅くなっちゃった……!」
「遅くねぇよ」
「全然!時間通りだよ!!」


すぐさまフォローを入れてくれるみんなに私は笑いかけた。ありがとう、と。


『揃いましたね。じゃあグラウンドの方に案内します』


この敷地のことを知っているのは未久だけ。癪だけど今はついていくしかない。

広大な敷地。ちゃんと手入れされている歩道や周りの木々や草花に視線を彷徨わせる。するとどこからか小気味の良い音が聞こえてきた。


「何の音、かな?」
「えと、なんだろうね……」


私の他にもセナたちも聞こえたみたいで首を傾げる。


「テニスだな」
「テニス!?へぇ……」


妖一に言われれば確かにと納得。パコーンパコーンときっとラケットがボールを打ってるのだと思う。

するとグラウンドよりも先にフェンスに囲まれたテニスコートが見えてきた。

緑色のコートの上を走る黄色いボールと、黒地に青のシャツを着た選手。


「っ!」


一番近くを通り過ぎたとき、選手たちの顔がはっきり見えて驚きを隠せなかった。

みんな、すごく、イケメンなの。

絵に書いたようなっていう言葉がぴったり当てはまるようなイケメン。思わず見惚れてしまった。


「栞子?」
「あ、ごめん」


少し歩みの遅れた私に一輝が声をかけてくれた。

好かれたい

私の脳内はそれで埋め尽くされた。

彼らにも、好かれたい。愛されたい。守られたい。


「あ、未久じゃん!おーーい!未久ーー!」
「おい、ジロー!俺とのサーブ練習中によくも……!跡部に言いつけんぞ!!」
「跡部優しいCー!そんなことで怒んねぇC」
「クソクソ、ジロー!」
『お二人共、いいですからサーブ練やっててください。本当に跡部さんにいいつけますよ。サボってたって』
「クソクソ!未久までかよっ!」
「しょうがねぇからやるCー」

「おー、未久。案内ご苦労さん」
『休憩中ですか?宍戸さん』
「まぁな。案内終わってからでいいからよドリンクの補充頼めるか?」
『任せられました。他に何か足りないものは?』
「今のとこはねぇかな。ありがとよ」
『いいえ』


なに、あれ。

なんで未久は彼らと仲良さそうにおしゃべりしているの?

意味がわからない。

なんで。


やっぱり、未久。

潰さなきゃいけないみたいね。



好かれたい




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氷帝高等部のユニフォームは捏造です。
中等部時代のユニフォームの白地のところを黒地に、袖の青は同じでラインがゴールド仕様という捏造で。


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