ベクトル方程式 | ナノ




夏の日差しは容赦ない。避暑地、と呼ばれる此処にも太陽の攻撃はとめどなく降り注いでいる。しかし見渡せば緑色が鮮やかである。空気がきれいとはうまく言ったもの。


「監視カメラの設置はすんでるぜ」
『ありがとうございます、跡部さん』


ここはそう、跡部財閥所有の別荘である。正しくは別荘とそのすぐそばに併設されたスポーツパークというべきか。
広大な敷地に金に物を言わせて作られたであろう施設の数々。テニスコートはもちろんサッカーやラグビー、アメフトが行える人工芝のグラウンド。バスケットボール専用の体育館にバレーボール専用の体育館。競泳から飛び込みなど全てに対応している屋内プールなど。ここでオリンピックができるのではないかと思わせる施設たち。普段は入場料を払うことで一般に解放されているらしい。
今回はここが舞台となる。無論、貸切だ。

日程はシンプルに1週間。その1週間には言わずもがな様々な予定が組み込まれているわけだが。

まずはテニス側から。テニス部ももちろん真面目に合宿を行いに来たのだ。
1日目2日目は先日の練習試合の反省点を生かした個人による基礎トレーニング。3日目4日目は試合形式のラリーや実践に近い練習を、5日目の午後に他校との練習試合が盛り込まれているとかなんとか。6日目にはミーティングと個人練習をし、7日目の昼にはここを去る予定。

そしてアメフト部。こちらの予定は詳しくない。まあ、好き勝手やってもらえればいい。私はその様子を観察、記録するだけなのだから。事前情報からどこかとの練習試合の予定があるようだが、果たして。


「跡部ー!未久ー!昼飯の用意出来たってよ!」
「あぁ」


呼びに来てくれた向日さんに返事をして、私と跡部さんは別荘内にあるラウンジへと足を運んだ。

ここは別荘の本館。執事さんやらメイドさん、ハウスキーパーが存在する。テニス部はここで寝食を共にする。
そしてその本館に渡り廊下で繋がった別館にアメフト部の面々は揃うことになる。掃除をする清掃員はそちらにも足を運ぶが、基本的に世話をしてくれる人はいない。洗濯や食事の支度などは各自で行うこととなる。

なお、この合宿に姉崎まもりさんは不参加だ。塾の夏期集中講習、という名目で休ませている。勿論そんなものないのだが。

ラウンジにいけば既に全員が揃っていて、私たちを待っていたようだ。

勿論跡部さんは所謂“お誕生日席”と庶民の間で持て囃されている場所に腰を落ち着ける。私はジロー先輩と鳳くんの隣に座った。ジロー先輩が席を空けてくれていたらしい。

練習前の食事ということもあり和食を中心にしてもらった。艶のある白米に香りのよい味噌汁。良い塩梅の塩鮭に綺麗に飾り付けされた胡麻和え。そして涼しげな冷奴とデザートには冷やされたお団子。

健康的な和食ではあるが、一般的な家庭でこれを再現するのは現代社会ではほぼ不可能だろう。


「せや、未久ちゃん。お兄さん達が来るのは何時頃やったっけ?」
『予定としては13時30分です。14時30分から練習を開始するとか』
「ほうか。その頃には俺ら練習始めとるけど……」
『すべて対応は私がします。皆さんは練習に励んでください』
「まぁ、何かあったら呼び」


忍足さんは特になにか突っ込むでもなく柔和な笑みを浮かべた。


「随分と遅いんだな」
『まぁ、荷物多いですから』


ふーんと率直な感想を漏らすのは向日さん。

荷物が多いのは本当だ。極端な言い方をしてしまうが、テニスはラケットとシューズ、そしてボールがあればできる。アメフトは違う。防具(ヘルメットやプロテクター)にスパイクやポジションによってはマウスピースやグローブ、そしてボール。そのどれもが大きな荷物であるのは言うまでもないだろう。ボールや練習用のマシーンなどは施設内にあったとしても、自分専用のプロテクターやヘルメット、ユニフォーム、スパイクでなければ練習などできない。


「なんや岳人、アメフト知らんのかい」
「し、知ってるけどよ……そりゃ、詳しくはねえよ」
「そういう忍足は詳しいのか?」
「まあ、大阪にはアメフトが名門のごっつい学校があるさかい……」
『あぁ……』


アメフトの世界もなかなかにシビアである。東京にチームが多く存在するのは言わずもがなであり、そのために東京都大会から関東大会へとすすめるチーム数は多い。しかし昨年を除けばその大会の全てを制していたのは神奈川のチームであるのも事実であり、大きな大会であっても浸透率は高くはない。プラスして費用がかかるスポーツであることから気軽に子供の頃からできるようなものでもないのだ。そして先ほど忍足さんが言った通り大阪にはアメフトの名門校が存在する。引き抜きなどで東京の強い選手も多くはそちらに流れてしまう傾向があった。


『……ふぅ、ごちそうさまでした』


食事を終えた私はすぐに席を立った。


『跡部さん、お先に失礼します』
「あぁ」
「もう行くのか?」
「は、早いですね……」


未だに食事を半分も終えていない鳳くんが目を丸くした。


『挨拶の、準備をしなければならないので』



今日は


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