ベクトル方程式 | ナノ



夕飯はカレーを作り光と若に振舞った。何故か若も泊まると言って聞かず、そのまま我が家に居座っていた。そんな午後11時。

リビングに二組の布団を敷き、早々に床についた二人。片や今日大阪から来たばかりで旅疲れ、片や真面目な早寝ともあれば午後11時に静まり返るのも当たり前か。


『ふぅ』


私はベランダに出て、柵に座って外を眺めた。


『ジル、いるんでしょ』
「ほう?よく気がついたな」
『気配隠す気もなかったくせによく言うよ。何?今日の私を見て馬鹿にでもしに来たの?』
「半分正解、半分不正解だな」
『フッ、なにそれ』


真夏だというのに暑苦しい黒一色の衣を身にまとった死神ジルは私の目の前をふよふよと浮遊している。黒衣の裾がはたはたと揺れる。


「予想以上に参ってるな」
『私自身も想定外』
「それだけ蛭魔妖一を信頼してたってことだろ」


信頼信用、言葉にすればこんなにも簡単だというのに実際これらの言葉はそう簡単に作り出せる代物ではない。人は元来裏切る生き物だ。自分の都合のいいようにモノを解釈し、自分の都合のいいようにコトを発信する。
私たち兄妹はそれを体現していたに違いないが。
信頼が存在しないとまでは言わない。ただ、本当に信頼足りえる人物が果たして人生を全うするまでにどれだけ存在するか、ということだ。

少なくとも私が生きてきたこの16年で、本当の意味で信頼できていたのは妖兄ただ一人だった、というだけで。


『それで?もう半分は?』
「情報がそれなりに集まった」
『へぇ?それで?』
「単刀直入に簡単に言えば、今回は悪魔の仕業だ」
『死神の次は悪魔?はっ、笑わせてくれるわ……ほんと』


喉の奥から絞るように出てきた笑いに自分でも呆れる。散々悪魔だと罵られていた私の今回の敵が本当の悪魔だなんて、これほど滑稽なお伽話がこれまで存在しただろうか。


『それにしても、悪魔なのにそんな力を持っているわけ?』
「そういう力を持っている奴もいる。が、基本的に悪魔は神と呼ばれる存在にとっては邪魔でしかない。なぜなら悪魔が欲するのは魂だからな。魂の管轄を仕事にする俺らにしてみれば悪魔ほど厄介且つ邪魔な存在はいねえよ」
『その魂を扱う力の応用と考えていいってこと?』
「流石、物分りがいいな」


そんなことを知ったところで人様の手の及ぶような問題でないのは明白で。頭を抱える問題はまだまだ山積み。合宿までに日にちがないというのにまだこの段階で足踏みをしていることに焦りを感じずにはいられない。
ただ、今回は視点を変えてみるほうが良さそうということはなんとなく分かった。


『逆転の発想』
「は?」


相手は完璧な布陣とも言える。隙がない。それに関わっているのは人外で、この間とは違い話の分かる相手ではなさそうである。
ならば、この立場を逆に利用しようではないか。

完璧という状態ことが隙。壁なんてもの、目の前にあったところでどうということはない。壊せない?乗り越えられない?知らないな。私はその壁に悠々と扉を付けてあげようじゃないか。


『相手が悪魔なら、私にだって打つ手があるさ』
「悪魔より、よっぽど悪魔だよ。お前ら兄妹は」


ジルは呆れたように。でもどこか満足げに笑っていた。


「じゃあ、その悪魔の考える作戦を是非とも清聴したいもんだな」


ジルはおもむろに空中で正座の体制をとった。私はベランダに寄りかかり話し始める。


『悪魔が何故この世界にあんな異物を放りこんだのか。きっとそれは魂関係なんでしょうね』
「だろうな。何かの契約を結んでる可能性が高い」
『なら、悪魔の満足する内容を調べ上げて、早々にお帰りいただけばいい』
「な、」
『……今までは取られて取られて、どうやったらそれを取り戻せるか、どうやったらこれ以上取られないかばかり考えてた。なら逆の方法をとればいい。欲しいものを与えて終わり。玩具の前で駄々をこねる子供に玩具を買い与えてやれば泣き止むのと一緒』
「リスクを伴うぞ。それも、お前の魂に関わるほどのな」
『無神論者に魂語らせないでよ、馬鹿』
「あのな……」
『それに前にも言ったでしょ?リスクくらいどうってことないわけ。リスクのない駆け引きなんてものはこの世に存在しない。友達とのお金の貸し借りだって絶対に帰ってくるって保証がないのと同じ。必ずリスクが伴うし、思ったようにはいかない。でも、それが面白いんじゃない?』



悪魔の片鱗



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -