ベクトル方程式 | ナノ




一旦荷物を私の家へと運び、改めて外出。言っていた大きな買い物は明日するとして、とりあえず商店街を歩くことにした。夕飯の材料を買うのも込みで。


「東京、こんなところもあるんやね」
『まぁ、郊外の方だしね』


東京と聞けばビル群立ち並ぶ近代都市を思い浮かべるだろうが、東京だってそんな場所ばかりではない。地方にありそうな少し寂れた商店街だって存在する。でもそれだって、近くの住民にとっては欠かせないものであるのだ。

といっても、ここの商店街はそんなに寂れていない。車はお昼時だけ通れるようにしてあり、朝(学生の登校の時間帯)や夕方(夕飯の買い物で賑わう)は車が通り抜けられないようになっている。そして歩道は石畳がきれいに敷き詰められ、アーケードもまだまだ綺麗で光がちゃんと入ってくる。

シャッターで閉じられたお店も多くはなく、まだまだ活気付いている。

そんな店だけではなく、露店も多く点在しており、それを目的に来る若者もたくさんいるのが現状だ。

手作りの香水を売り出している女性の露店、クレープを出している露店、昔からある肉屋さんや古着屋さん。老舗の和菓子屋さんから、長年地元に根付くスポーツ用品店までなんでもござれ状態。

そんな私たちは3時くらいに一度抹茶関係のお菓子を置く店で和風のデザートを食し、夕飯のメニューについて語らいながら、商店街をのんびり歩いていた。


「ん?」
『どうかした?』


ふと、何かを見つけたのか光は足を止めある一点を見つめた。

そこには一つ、露店が開いていた。


『露店?』
「ちょい、見ていこうや」


歩き出したかと思えば先程とは打って変わって早歩きで、すぐにその露店へはたどり着いた。


『アクセ?』


その店はシルバーアクセを多く取り揃えているお店で、黒い厚手のフェルトの上には綺麗に輝くシルバーがこれまた綺麗に並べられていた。

そう思えばと、私は光をまじまじと見つめた。

彼の耳には計5つのピアスがついている。短髪黒髪だからそれだけ聞けば真面目そうなイメージだが、彼をチャラく見せているすべての要因はこのピアスのせいだった。

と言っても、光が付けているピアスはシルバーではなく、着色されたカラフルなものであるのだけれど。


「興味ないん?」
『なくはないよ。実際私だってピアスついてるし』
「せやな」


私も普段は髪の毛に隠れているが左耳にピアスがついている。なんの飾り気もないただのシルバーピアス。
でも、これは、

妖兄が買ってくれた、初めての誕生日プレゼント。


『いいのある?』
「これなんかどうや?」
『へぇ、いいと思う』


どう?と掲げたのはシンプルなネックレスだった。といってもシンプルなのは一見で、よく見れば精巧な作りになっている。一本のように見えるチェーンは、実は細い5本のチェーンから作られているところとか。


『あ、買うんだ』


気がつけばそのネックレスを購入していた光。特に包装するでもなくプラプラと手に持っている。


「後ろ向き」
『え?は?』
「早う」


言われるがまま後ろを向けば首元に何かが当たる感覚。


『え、なんで、これ』
「付き合ってもろたお礼。嫌なら他のにするけど」
『嫌じゃないけど、お礼なんてそんなのいらなかったのに』
「俺が嫌なん、借りとか作るん」
『そっか……じゃあ遠慮なく受け取るよ。ありがとう』
「おん」


目尻が少し下がる、口角が少し上がる。光は本当に綺麗に笑う。


「未久!に、財前……?」
『あれ、若』
「日吉……」


名前を呼ばれて振り返れば私服姿の若が驚いた様子で私たちを見ていた。


「なんで財前がいる?」
『夏休みで遊びに来てるんだよ』
「何故未久と一緒にいる?」
『それは、』
「未久んとこお世話なっとるからや」
「なっ!?」


さらに目を見開く若。わなわなと震えだし、ズンズンとこちらに向かって歩いてくる。


「未久っ、お前なぁ……!」
『危機感がない、とか言いたいの?』
「あぁ」
『私に男女の力関係を説こうとしても無駄なこと、一番知ってるのは若でしょ?』
「くっ……」


前にも言ったと思うが私と若は幼馴染という関係にある。私の本性も知った上で私と関わりを持ち続けている珍しくも優しい人物、それが日吉若だ。
そして私が今までどれだけの習い事をこなしてきたかも知っている。無論、若の生家で古武術だって習っていた。自慢はしないが若よりもその当時は強かったのだ。


「万が一ってのがあるだろ……」
『それなら男子テニス部と関わることすらやめるよ』
「……」
「それもそうやな」


ケラケラと笑う光とは対照的にひたすら眉間にシワを作り出す若。しかし、次の瞬間にはもう若の眉間のシワは消えていた。


「妖一、さん?」


若の視線の先を追えば目に入る、綺麗な金髪とその隣に立つ少女の姿が。


邂逅



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -