練習試合は圧勝と言っても何ら問題のない結果だった。
まあ、今回の対戦校はせいぜい関東大会出場レベルであって、全国区と言われる氷帝の足元にも及ばない学校だったからなのだけど。
仕事は楽だといっても汗はそれなりにかくもので、私は帰宅早々にシャワーを浴びた。流石に真夏のこの時期に湯船に浸かるのは避けたい。ましてや一人暮らしなのだから。
シャワーを浴び終え部屋に戻ってパソコンの画面を除けば、タスクバーにあるスカイプがオレンジに染まっている。マウスを手に取りクリックすればそこには見知った文字。
『光だ』
表示されている「善哉」の文字。それは大阪に暮らす財前光のことだと教えてくれる。チャットで表示されている文に目を通せばすぐさまマイク端子にマイクをつなぐ。一言「大丈夫」と打って送信すればすぐさま返ってくる通話音。
『はいはーい』
「大丈夫なん?」
『シャワー浴びてきたとこ』
「そうみたいやな」
パソコンに内蔵されたカメラ機能を使ってのライブチャット。ちなみに財前光はウェブカメラをノートパソコンに取り付けているとのこと。
『どうかした?』
「夏休み、そっち行こかと思ってん」
『そっちって、東京?』
「おん」
言わずもがな、全国区テニス部である四天宝寺高校も合宿や猛練習はざらにある。が、練習だけというのもあまりよくない。だからと、夏休み中に回数で言えば2回、大きな休みが設けられているらしい。
1つは所謂お盆。そしてもう1度が、
『明日から?』
「おん。明日から4日間。夏休みや言うても明日からは月曜日やから遠出にもってこいやろ?謙也さんも、そっちの忍足さんとこ行く言うてはしゃいどるんですわ」
『へぇ』
「銀さんも、弟が東京におるから言うてるし、千歳さんやて熊本にお盆しか帰らへんのは可哀想やて話になったんスわ」
『いろいろ考えてるんだ』
「せやからな、頼みがあんねん」
『?』
「明日から3日間、俺のこと泊めてほしいんッスわ」
『は、い?』
「せやから、明日から3日……」
『いや、そこはわかったけど、なんで、私?というか、ホテルでもなんでも取れば……』
「まず一つ目。頼れるん、未久しかおらん」
『え、』
「二つ目。そっちでいろいろ買いたいんッスわ。割と、高いやつ。せやから金欠。ホテル代かて、やっすいので4000円とかやろ?カプセルホテルは嫌やし、漫画喫茶とか?考えたんやけど、そんなことするよりやったら未久頼ろ思て」
『頼ってくれるのは嬉しいけど、私の他にだって居たと思うんだけどね……ほら、若とか赤也とか』
「仲いいと思うとるんですか?」
『そ、それなりには?』
「ふぅん」
画面越しの光は哀れなものを見る目で私を見つめてくる。なんか、いたたまれない。
「んで?いいんすか?ダメなんすか?」
『……まぁ、いいよ』
「せやったら明日、10時過ぎに東京駅つくんで迎えよろしゅう」
『東京駅の八重洲口の銅の鈴で』
「おん、りょーかい。あとはケータイから連絡するわ」
そうして通話が終了する。
ふと、部屋を見回す。
『やば、』
最近ごたついていたせいでまともに掃除をしていなかったことを思い出す。紙媒体の資料から簡単なメモとその残骸。栄養食品類のゴミもゴミ箱に入ることを忘れている。
『布団とかシーツは確か、2ヶ月前に洗濯したし……』
ふと、思い出したのは私の様子を見に度々泊まりに来ていた妖兄のこと。2週間に1度くらいは来ていたはずの妖兄がもう2ヶ月もここに来ていない。
妖兄が使ったシーツを洗ったのが2ヶ月ほど前だった。
『はぁ、弱いなぁ……私』
幸い今日も明日も晴れの予報だ。まだ夜だけれど、明日の朝バタバタするのは避けたい。私は引っ張りだした布団とシーツをベランダの物干し竿にひっかけた。
熱帯夜と言っても過言ではない夜の東京の街の空気が私に不快感を与える。
空を見上げれば、汚染された空気のせいか星は全く見えない晴れた空が広がっていた。月もない。
『新月か』
最近見た月がやたら細かったことを思い出す。今日は新月なようで、月がどこを見渡しても見当たらない。
逆に、いいかもしれない。
眩しいのは似合わないから。
月亡き夜