ベクトル方程式 | ナノ





その次の日。

快晴続きだった空は久しぶりになりを潜め、東京の狭い空は厚い雲で覆われていた。

この日訪れたのは、どこかビンテージを感じるそんな雰囲気を醸し出している学校。西部高校だ。

東京都内にある学校では本当に珍しいだろう。馬小屋にはたくさんの馬たち。そんな馬たちを横目に歩を進めれば聞こえてくる、聞き慣れた逞しい音。


『やってるやってる』


東京、いや関東でも屈指の攻撃に特化されたチームである西部。

広大なグラウンドで行われていたのはそんなオフェンスのフォーメーションである“ショットガン”の練習だった。QBからパスを受け取るレシーバーの数を多くするフォーメーションだ。


「Set!Hat!」


合図とともにラインマンからスナップされたボールはQBの手に渡り、レシーバーはフィールド上に散らばってゆく。

その散らばるさまはまさに“ショットガン”という名がぴったりである。


とまあ、私はこんな練習風景を見に来たわけではないのだけれど。しかし、練習が終わらないことにはどうしようもない。

と、その時だった。



ぽつり。ぽつぽつ、ぽつり。



『雨?』


空を覆っていた分厚い雲は雨雲だったようで、落ちてくる雫はどんどんと数を増やし瞬く間に地面を濡らした。

地面だけではないけれど。

練習をしていた選手は一度避難だと一斉に校舎の方へと走って行く。もっと正しく言えば走って来る。校舎は私のいるほうだ。

私も雨宿りしたいのだが、果たして部外者の私は校舎で雨宿りをしていいものだろうか?

そう悩んでいると、ひとつの影がこちらに近づいてきた。


走る他の人達とは対照的に自分のペースを守り歩いている。ベンチに置いてあったテンガロンハットを手に取ると、私の方へと真っ直ぐに歩いてくる。


「濡れちゃうよ。さ、こっち」


自然な流れで腰に手を回されて、気がつけば私は西部ワイルドガンマンズの部室へと導かれていた。


「鉄馬、タオル2枚あるかな?」
「(コクリ)」


私をここまで導いた本人、武者小路紫苑さん。通称キッドさんは鉄馬さんに声をかけた。すると鉄馬さんはコクリと頷き、畳まれていた綺麗なタオルを2枚持ってキッドさんのもとへと戻ってきた。


「はい、濡れただろ?」


そう言ってキッドさんは先ほど受け取った2つのタオルのうちの1つを私に手渡した。私はそれを受け取り濡れた髪の毛を拭いた。

キッドさんも髪の毛やら顔をタオルで拭いていく。


「降りそうだなとはおもっていたけどねぇ、まさか降ってくるとは。こりゃあまいった」


お手上げといったジェスチャーを交えながらキッドさんはそう言った。

元来アメフトは雨天決行のスポーツではあるが、雨の中練習するケースはそう多くない。練習で体調を崩してしまっては意味がないからだ。


「体、冷えてないかい?」
『そんなには、むしろタオルまで貸していただいて申し訳ないです』
「西部にきて雨に打たれて風邪ひいた、なんて君のお兄さんに知られたら一大事だからねぇ」
『あはは……』


キッドさんのジョークに、私は苦笑いを浮かべた。


「鉄馬、コーヒーを淹れよう」
「(コクリ)」


キッドさんと鉄馬さん。この二人のやりとりを見ていると、どこか跡部さんと樺地さんのやりとりを思い出す。まあ、違いはあるものの。

キッドさんはあくまでも大切な友人に頼み事をしている感覚だろう。鉄馬さんも大切な友とも思っているだろうが、どこか使えるべき主という点も含めていそうだが。

跡部さんのあれは命令だろう。命令というと聞こえが悪いがそこに信頼関係が存在するのを忘れてはいけない。樺地さんだって嫌でやっているのではないのだ。多分。


「はい、どうぞ」


差し出されたコーヒーは湯気を放ち、その独特の香りが鼻腔をくすぐった。


『ありがとうございます』


コーヒーを受け取り一口飲み下せば身も心も暖かくなったような気がした。


「さてと、それで未久ちゃんは何をしにここまで?」


コトリと自身の持つコーヒーカップをテーブルへと置き、空いた手で愛用のテンガロンハットを弄ぶキッドさん。


『聞きたいことがありまして、ここまできました』
「聞きたいことねぇ……俺が答えられることならなんでもどうぞ」


私もコーヒーカップをテーブルへと置き、改めてキッドさんと向かい合った。


『この女性をご存知ですか』


今までと同じ質問を繰り返す。椿屋栞子の写った写真を見せて確認をする。


「知っているよ、お宅の……お宅ではないか。泥門とこのマネージャーさんだろ?」
『はい。この子の印象などをお聞きしたいんです』
「この子の印象ねぇ……もう一人のマネージャーとは対照的だなってイメージがあったんだけど、今年度にはいってからガラッと変わったよね」
『ガラッと、ですか?』
「去年はヒル魔氏と作戦を練ったり、情報収集に力を入れていたきがするんだけど。今年はドリンクだったり応援だったりだなってね。影の参謀だったのが表舞台でヒロインをしている感じ、って言えば伝わる?」
『はい、なんとなくは』
「この間の練習試合、俺と鉄馬と陸で見に行ったんだよ」
『この間といいますと、柱谷との練習試合ですか?』
「そう」


私自身もルイから聞いた、あの試合。惨敗したという試合だ。


「目を疑ったよ。これがあの泥門なのかって」


キッドさんは頭がいい。妖兄にも頭脳戦で引けを取らないのだから。

そのキッドさんがいうのだ、やはりあれは、演技などではないのだろう。


「セナくんの走りのキレが悪いって陸は言っていたよ。鉄馬も何か言いたげだったけど、おおよそモン太くんのキャッチミスのことだと思う」
『モン太の、キャッチミス……』
「……未久ちゃんは、そんな泥門をなんとかしたくて今頑張っているんだろう?」
『……本当に、貴方も食えない人ですね』


私はコーヒーを一気に飲み干した。


『と言っても、です。私がなんとかしたいのは泥門というよりは妖兄ですよ。妖兄を戻すには泥門ごと戻すのが手っ取り早いってだけで』
「なるほどねぇ」
『……ほかに、気になる点はありませんか。なんでもいいんです』
「そうだねぇ……」


スリスリと顎をさすりながら思案するキッドさん。何かを思い出したのか、目を細めて口を開いた。


「気になる点というか、俺の偏見かもしれないけどね」
『はい』
「俺はあの子に情報収集なんて技術があるとは思えないんだよね」
『と、いいますと?』
「話したことあるんだよ、一応ね。数えられる程度だけど。やっぱり会話ってその人の能力を見れると思うんだ。頭がいいやつとの会話と頭が弱い奴との会話は全然違うからね」
『……』
「頭は悪くないんだろうけど、あの子には物事を整理する能力がかけているように思えたよ。それに思い込みも激しいようだし」
『なるほど、』
「よく考えれば違和感ばっかりだねぇ。あの子がしていた仕事の数々、あの子がしていたとは思えない。まるで、未久ちゃんがやっていた仕事みたいだねぇ」
『!』


キッドさんは、そこまで考えられる人なのか。

私は純粋に驚いた。


「未久ちゃん」
『なんでしょうか』
「もしかしたら、俺もどこかおかしいのかもしれない。けれど、」
『……』
「俺は君の味方でいるからね」
『!』
「それから、人生期待するとロクなことがねぇから気張り過ぎないように、だからな?」


そう言うとキッドさんは手で弄んでいたテンガロンハットを私に被せ、テンガロンハットの上からポンポンと私の頭を撫でた。



ガンマンの思惑



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