翌日。
私が向かったのはひときわ目立つ高い高い建物。
私立巨深高校である。
今日も今日とて情報収集だけれど、今日も今日とて猛暑日で汗が止まらない。
『ん?』
校内へと足を踏み入れて、歩を進めているとどこからか水の音が聞こえる。水の音と言っても水が流れる音というよりはバシャバシャと言った音で。
音がする方へと歩けば、そこはプールだった。
『水泳部かな』
この時期の水泳部は羨ましい限りだと、勝手に思っている。長袖長ズボンのユニフォームで日光の照り返しがある地面を走り回るスポーツに比べれば、の話だけれど。
「ンハーッ!気持ちいい!チョー気持ちいい!」
『あれ』
と、プールを横切ろうとすれば聞き覚えのある声に歩みを止める。
少し背の高いフェンスを覗き込めばそこでは見慣れた人達がプールで泳いでいるのが見えた。そう、プールで泳いでいたのは巨深のアメフト部の面々だった。
アメフトしろ、と言いたいが水泳だっていい運動だ。全身運動だから。
そんなことは置いておいて、私はフェンスの入口からプールへと足を踏み入れた。
すると丁度ザバリと自ら顔を出した蒼い瞳と目があった。
「未久、か?」
『どうも、筧さん』
プールから出てきた筧さんはフェンスにかけてあったタオルを頭にかぶらせて、ワシワシと頭を拭きながらこちらに向かって歩いてきた。
「どうかしたのか?」
『練習中、でしたよね?』
「あぁ、気にしなくていい。それより日陰に行こう」
そう言って日陰のある場所へ向かって歩きだした筧さん。
「筧先生!ドリンクです!」
「何を言っているんだ、先に持っていこうといったのは僕だよ。先生、ドリンクです。どうぞ」
「お前らな……俺よりも先に、未久に持ってくるべきだろ」
「「はっ!すみませんでした!」」
『相変わらずですね、大平洋と大西洋コンビ』
「先生だけはやめろって言ってるんだけどな……」
はぁ、とため息を吐く筧さん。
私は受け取ったドリンクを一口飲む。プラスチックの透明なコップにはいったドリンクはさほど冷たくない。水泳で失った体内の水分補給だから冷たくないようにしているのだろう。
「で?今日はどうした?」
そんな風に聞いてくる筧さんは、やはりどこか先生のように見えて。きっと水町さんや先ほどの二人のような人をまとめあげているのだから先生のようになっても仕方ないかと自己完結させる。
『お聞きしたいことが、何点か』
「お得意の情報収集ってところか」
『簡単に言えば』
理解が早くて助かると、私は早速話し始めた。
『この人、知ってますよね』
「泥門のマネージャーだろ?そりゃ知ってるよ」
『この子の客観的な印象というか、感想を聞きたくて』
「客観的か……昨年で言えば裏で情報を集める方に仕事を多くやっていたイメージだな。マネージャーというよりは主務に近い感じか」
『今年は?』
「マネージャーの仕事、ドリンクだったりタオルの準備に応援の仕事が多い気がするが……それがどうかしたのか?」
『ある意味での、情報収集ってやつですよ』
「……まぁ、深くは追求しないさ」
すると筧さんは手に持っていたコップを置き、立ち上がる。
「プール入ってくか?」
『筧さんって、冗談言う人だったんですね』
「たまには、な」
そう言うと駆け足でプールサイドを走り、綺麗なフォームでプールに飛び込んだ。
水しぶきが上がり、陽の光にあたってキラキラと光る。
「ンハッ!未久も入ろーぜー!」
『入らないよ。水着持ってないし』
「堅いこと言うなって」
『別に堅くは……って……ッ!?』
一度プールから上がってきた水町さんは私の腕を掴み、そのままプールへと飛び込んだ。
勿論、私の抵抗なんて無いに等しい。そのまま水町さんと共にプールへと引きずり込まれた。
『ぷはっ!ちょ、何するんですか!!』
「気持ちいいっしょ?」
『そういう問題じゃ……っ!!』
「大丈夫か!?未久!!」
『筧さん……大丈夫といえば大丈夫ですが、大丈夫じゃないんでしょうね』
「水町……お前な……」
怒りなのか呆れなのか、その口から溢れるため息に私は苦笑いを浮かべるしかなった。
「とりあえずホラ、あがるといい」
先にプールからあがり、プールサイドから私に手を伸ばしてくれる筧さん。私はその手を取りプールから上がる。
水分をたっぷり含んだ衣服はぴったりと私に張り付いてくる。その感触がなんとも言えず気持ちが悪い。
「!」
筧さんは何を思ったのか何を見たのか、バッと後ろを向くと急ぎ足でフェンスにかけてあった大きなタオルを手にして私にバサリとかけた。
……なるほど。
『すみません、わざわざ』
「いや……」
そう言う筧さんはどうしていいのかわからないといった様子で視線をさまよわせる。
何故なら、来ていた薄いTシャツが水気を帯びたせいで透けてしまって下着が見えている状態なのだ。
いくら大人びているとは言えまだまだ筧さんだって高校生。健全な男子高校生なのだ。ましてや彼は生真面目。
「ここは、影になりやすいだろうから日向に行こう。暑いだろうが、その、服を乾かしたほうがいいだろうし」
『そうですね』
まったく、何をしに来たかわからなくなってしまった。
けれど、確信したことが一つだけある。
あの椿屋栞子が去年していた仕事というのは、私が去年していた仕事のことだということだ。
あくまで確信。確定まではいかないが、王城でもそしてここ巨深でも同じことを言っていた。
「去年は、主務のようなこと。今年は表立ってマネージャーの仕事をしている」
これはつまり、私がした仕事をあたかも自分がしたかのように記憶を塗り替えている。そういうことなのではないだろうか。
『答えはまだ、出ないけど』
プールからまた、水しぶきが上がった。
海の神へ告ぐ