あれから何日が経っただろうか。
脳裏に焼きついて離れないあの勝ち誇った笑み。
私にとって椿屋栞子はイレギュラーであるが、張本人たちである泥門デビルバッツの面々にとってみれば昔からそこにいる仲間の一人となっているのだ。私がなにか喚いたって、暑さで頭やられたのか?と可哀想な目で見られるだけだ。
『ふぅ』
私は気分転換に買い物へと出かけることにした。
賑やかだけれどどこか落ち着いた雰囲気のある道を自分のペースで歩いてゆく。たまに立ち止まって店の中を覗いてみたりなんかして。
こうしていれば私だってそこらへんにいる女子高生でしょうよ。
気分転換といいつつも、脳内は例の件ばかり。
だから気がつかなかったんだと思う。
「やぁ」
『ひっ!』
「そんなに驚かなくてもいいんじゃない?」
『か、奏多兄……』
肩に手を置かれ声をかけられ、気づいていなかった私は肩を震わせ声まで上げてしまった。相手が奏多兄だったのは幸運なのか、不運なのか。
「こんなところにひとりでいるだなんて、随分さみしいじゃない?」
『そういう奏多兄だってひとりじゃない』
「僕は絵になるだろ?」
『ナルシス』
入江奏多。ただいま大学2年生。
私や妖兄とは再従兄弟(はとこ)にあたる関係だ。あまり親交のない親戚陣のなかでも珍しく親交がある。
ふわふわな髪の毛と男性にしては大きな瞳とその瞳を覆うまんまる眼鏡。その優しげな見た目とは裏腹に毒舌である。そこは多少でも血のかよった再従兄弟なのだなと実感させられる。
「それで?そんな泣きそうな顔でなにしてるの?」
『!』
目の前には何時も通り笑みを浮かべた奏多兄。そしてその顔とは似つかない大きくごつごつとした手は私の頭をするりと撫でた。
そう、彼はそういう男だった。
相手の心理、思考を読むことに長けていて昔は妖兄でさえ苦虫噛み潰した顔をしていたものだ。
「もうお昼だね。どこかに入っちゃおうか」
そういって奏多兄は私の手をとって歩き始めた。
そして吸い込まれたのはおしゃれな雰囲気のパスタ屋さん。植木鉢で各テーブルが遮られていて落ち着きある店内だった。
店員さんに二人がけのテーブルに案内されてお冷をおいてもらう。装飾の施されたメニューはいかにも女の子が好きそうな感じで。
『彼女でも連れてきてるの?』
「連れてきたことがないって言ったら嘘になるかもね」
『ふぅん』
私はメニューをパラパラと開く。
店内は涼しいが外は炎天下。涼しいものも悪くないと、私は夏野菜の冷製パスタに決めてメニューを奏多兄へと渡す。
「決めたの?」
『冷製パスタにした』
「そっか。じゃあ僕は無難にアラビアータにしよっかな」
『それのどこが無難なのかわからないけど』
店員さんを呼び寄せて注文をすればそそくさといなくなる店員。
私は水を口に含んだ。レモンを入れているのか、レモンの風味を感じた。
「確か高校は氷帝にしたんだっけ?」
『誰情報?それ?』
「さぁ?まあ、知り合いに氷帝の奴がいるのは確かだけど」
『氷帝にしたけど、なにか、問題でも?』
「ふふっ、君のことだから大好きなお兄ちゃんと同じ学校に行くんだとばかりね」
『大好きだからこそ、っては考えられないの?』
「なるほど、未久らしいかもね」
そういって奏多兄も水を口に含んだ。
「それで?なんで泣きそうな顔してたの」
『別に……泣きそうだったわけじゃ……』
「じゃあ別の言い方にしようか。どうして悲壮感に満ちあふれた顔なんかしてたの?」
『失礼ね』
「ほんと、そんな顔だったって」
奏多兄は眼鏡のブリッジを押し上げた。
『どうしたらいいか、わからないんだ』
私はこの間のことも含め、今身の回りで起こっていることを簡潔に伝えた。
「現実味のない、それでいて悪夢のような出来事だね」
『現実味なんかない。ただのファンタジーなのに、ちゃんと脳みそが認識してるからどうしようもない』
「……」
『でも問題ないよ。さっきも言ったとおり一度この手の問題は解決してる。一度出来たもの二度目にできないはずがない』
「そう。ならいいけどさ……やっぱりその泣きそうな顔、なんとかならないの?」
『……』
表情は完全に作っているはずなんだ。無理な笑顔を浮かべようとは思っていないけれど少なくとも無表情なはず。
あぁ、それさえも彼にはわかってしまうってことなんだろうね。
「あーあ、もう。相変わらず強がりなんだから」
『強がりじゃっ』
「それのどこが強がりじゃないんだよ」
『ッ』
「出してないつもりなんだろうけど、バレバレ。思いっきり顔に出てる。それだけ切羽詰まってるんでしょ?」
『私は……』
『どうしたらいいか、なにも、なにもわからないの……』
目頭が熱くなった。視界がなぜかぼやけていく。
ぼやける視界の中で見えるのは近づいてくる奏多兄の手のひら。私の顔に添えられた奏多兄の手はまるで壊れ物を扱うような手つきで。そしてそんな手の親指は私の目尻を優しく拭った。
「泣きたい時に泣けばいい。一人で泣けないならいつでも僕のところにおいで?」
乾燥した肌に染み込むように