ベクトル方程式 | ナノ





「うお!なんだこれっ!今まで食ったどのシュークリームよりもうめぇ!!」
『それは良かったです』
「俺のことは無視なん?悲しいナリ」
「うんめー!!!」
「私たちまで頂いてしまって」
『いいんですよ、沢山買ってきましたし。一応生ものですし、食べちゃってください』


この日私は電車を乗り継ぎ神奈川県を訪れていた。特に意味はない。ただブン太さんと甘いものを食べるという約束をしていたのでそれも兼ねての息抜きだ。ということで私は泥門で有名な雁屋のシュークリームを手土産に立海大付属高校へと足を運んだのだ。

そこでは勿論立海大テニス部は練習に励み汗を流していた。緑色のコートを黄色いボールが飛び交う。いや、もう半分以上ボール見えてないんだけどね。

幸村さんに声をかければ微笑まれ、柳さんに案内されて部室へ。常備されていた冷蔵庫にシュークリームを入れる。

待つこと1時間。練習は終わったようで、レギュラー陣が続々と部室へと戻ってきた。

そして冒頭へと戻る。


「へぇ、バニラビーンズが入ってるんだね。クリームに」
『えぇ』
「生地がサクサクだ」
『水ではなく牛乳を使ってるそうで』


弦一郎以外は皆シュークリームを美味しそうに頬張っていた。


『雅治さん』
「ん?なんじゃ?キスする?」
『さっきからシュークリームの生地がポロポロと溢れてるんですけど』
「すまんのう」
『誠意が感じられませんね』
「ごめん」
『よろしい』
「あははっ!はははははっ!に、おうがッ!ごめん、て!は、腹痛いっ」
『幸村さんのツボ、よくわかんないです』


私と雅治さんの会話で大爆笑をし始めた幸村さん。見た目に反して豪快な笑い方だ。


「それにしても、どうしたのだ急に」
『一人でシュークリーム買って一人で食べるのもなんだったから。ブン太さんとのこともあったしついでにふらりと来てみただけ。前に神奈川に来いっても言ってもらってたしね。迷惑だったらそう言ってもらっても構わないよ、弦一郎』
「迷惑などということはないが、なにか、あったのだろう?」


この真田弦一郎という男は不器用だし鈍いくせにこういうところで敏感になるから困った男だ。


『んー、ちょっと悩みの種がね。だから糖分補給も兼ねてる』
「悩みの種か」
「それはまだ“種”の段階なのか?」
『柳さん鋭いですねー。すでに花開いてますよ』
「それは、」
「少しでも力になれることはあるだろうか」
『お言葉だけで十分です。といいつつ、一つだけ』
「なんだろうか」
『椿屋ホールディングス、ご存知ですか?』
「あぁ、最近勢力を伸ばしてきた会社だな。貿易業を中心に日本の会社と外国の会社とを繋ぐ仕事で人気だそうだな」


椿屋ホールディングス。
柳さんが言った通り、貿易業が盛んな会社で主な仕事は日本の会社と外国の会社との橋渡しのようなものだ。入社条件は3カ国語以上の理解とコミュニケーション能力の2点が満たされていることが条件だという、最近の会社らしいもの。


「それなら俺も知ってるぜよ。親父がゆうとった。木材が安く手に入るんじゃと」


限られた自然資源は高く取引される場合が多い。それも椿屋ホールディングスの手にかかれば安く手に入る。


「それがどうかしたのか?」
『私も、詳しくは知らないんですが……あそこの社長令嬢が泥門高校に通ってるらしくて』
「ほう」
「しゃちょーれいじょーッスか!?」
『社長令嬢ね。まあ、そこまではいいんです』
「何が問題なのだ」
『最近伸びてきたのはいいんです。確かここ2、3年。なので私だって多少は調べたんですよ、椿屋ホールディングスって会社を。その時集めた情報が間違ってるのかなんなのかは知りませんが』



『社長令嬢様はその時、5歳だって聞いてたはずなんですよ』



私のその言葉に目の前の柳さんは見事に開眼。細く鋭い瞳が私を射抜いているのがわかった。

そして柳さんの口はゆっくりと開かれる。


「その情報は何年前だ?」
『2年前だったかと。なので今は7歳なはずなんです』
「え、でも、そのしゃちょーれいじょー今泥門高校にいんだろ?」
『いたよ』
「お、おかしいじゃん?」
「姉貴とかそんなんじゃねぇのかよぃ?」
『残念ながら家族構成は父、母、娘のみ。典型的核家族の一人っ子箱入り娘だよ』


私のその言葉に一同は押し黙る。


『誤情報ってのはよくあるんですよ。情報をよく扱い、それに長けた人間でも誤情報掴まされることはあります。でも、ここまでの誤情報は私も初めてなんですよ。だって10歳も間違えるなんてことがあるんですか?』
「その方面ならやっぱり跡部とかが詳しいんじゃない?」


幸村さんのその一言で皆がうんうんと頷く。

今更説明の必要はないだろうが跡部景吾は跡部財閥のおぼっちゃまだ。絵に描いたようなそのまんまのおぼっちゃまだ。


「グダグダ悩んだって仕方ねーだろぃ?」


ブン太さんが指についたクリームを舐めながらこちらを見た。


「自分の力信じて自分のやったこと、本当に信じられることを信じりゃいい。だろい?」
「ブン太、たまにはいいこと言うね」
「幸村くん、ひでぇ」


そう言って頬を膨らませるブン太さん。そしてブン太さんはいきなり立ち上がり、私の手を掴んだ。


「んじゃ、気晴らしにこの近くにあるケーキ屋いこうぜ!今だったらブルーベリーソースのかかったレアチーズケーキが超うまいんだぜ!」
『ブルーベリー!』
「シュークリームのお礼も兼ねてな!おごってやるよ!ジャッカルが」
「俺かよ!」



角砂糖を運ぶ働き蟻



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