夏が近づいてきた。風には湿気が混ざり少し気持ちが悪い。でもそれがテニスをしてきた私には心地よくも感じた。

窓から空を見れば真っ青な空に白いく大きな雲が浮かんでいた。病院の外庭に植えられた木々たちは緑を元気いっぱいに伸ばしている。夏は色彩に富んでいる。私の好きな季節だ。


院内の廊下からは子供たちの元気な声が聞こえてくる。そしてそれを叱る看護婦さんの声。そのどれもがもう聞きなれた日常の音で、でも今の私の生活を彩る重要なピースの一つでもあった。



コンコンコン、

響き渡るノックの私はすぐさま返事をする。


『どうぞ』
「久しぶりだね、市花チャン」
『びゃ、白蘭……』


そこにいたのはあれ以来一度も会っていなかった白蘭だった。あの時から何一つ変わらぬ笑みを湛え、そして手には相変わらずマシュマロ。

白蘭は近くにあった椅子を引き寄せて腰を下ろす。


「いやぁ、暑いね」
『そうですね』
「日本の夏は独特だよねー」
『あれ、白蘭って日本の人じゃないの?日本人ではないだろうとは思っていたけれど』
「僕はねーイタリアに長い間いたかな。あとアメリカとか」
『へぇ……』


すると白蘭は持っていたバッグから水筒を取り出した。


「紅茶なんだけど、飲む?」
『是非』


病室に置いてあったコップに注がれる飴色の紅茶。それを飲みながらマシュマロを口に放る。


「今日、僕がここに来た理由なんだけど」
『あ、』


コトリ、とコップを机に置くと白蘭は話し出す。


「どうしても精チャンが市花チャンと話をしたいんだって」
『精市が、ですか?』


驚いた。純粋に驚いた。なぜ、どうして、一気に私の頭を駆け巡る。


「うん。本当は僕の力だけじゃどうにもならなかったんだけど協力者がいてね。どうにか会わせることができそうなんだ」
『協力者、ですか』
「うん。実は言うと僕とはそんなに仲良くないんだけどさ、市花チャンの為ならって」
『!』


そんな人がいるだなんて、信じられなくて……でも、嬉しくて。


「でも一応聞いておくね。市花チャンは精チャンと会いたい?」
『会いたい、です……!会って話がしたい!』
「じゃあ問題ないね。会える時間は短いけど、存分に話すといいよ」


フフッ、と笑う白蘭。紅茶を一口飲んで中身が空になったコップを机の上に戻す。


「じゃあ、目を閉じて」


私は白蘭に言われるがまま目を閉じた。








- 20 -

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

back