こつり。

無音であるはずのこの場所に音が響いた。

何かを蹴り上げるような音。硬い何かに卵でも叩いた音。そんな音だ。

こつり。

音は近づいてきた。でも俺は顔を上げない。

こつり。

音は近づいてきて、そして、俺の目の前で止まった。


「やぁ」
「……」
「眠っているのかい?そんなはずはないんだけど」


何処か間延びした喋り方。しかし声色から男性だということはわかる。でも、ここに人がいるだなんてことはあるのだろうか。


「僕に驚いているのかな?こんなところに自分以外の人間がいるだなんてあり得ないって。どう?図星?」


そう、図星だ。だってここは世界であって世界ではないのだから。俺以外の人間がいるはずがない。なのに確実に今目の前に彼はいる。


「とりあえず顔を上げてほしいな。そしてできれば名前も教えてよ」


俺は言われるがままに顔をあげた。そして色のない……いや黒という色にまみれた世界だったはずのそこに白がある。


「やぁ。こんにちは」
「こ、んにちは」
「フフッこんにちは。僕は白蘭って言うんだ」
「びゃくらん……」


白い彼は白蘭と名乗った。なんてぴったりな名前なんだろうと思った。


「キミの名前は?」
「俺は、俺は……幸村、精市」
「精市……精市ね。じゃあ精チャンだ」


ニコリと笑みをたたえるその表情に汚れなんて存在しなくて。ずっとずっと黒に溺れていた俺には眩しかった。

ただただ、眩しかった。










- 7 -

 

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