「僕のこの右目には六道輪廻の記憶が残っているのです」
『ろくどう、りんね』
「えぇ。僕は何度も転生し六道輪廻を廻りここに居るのです」


彼が嘘を言っているようには思えなかった。私を茶化そうとしているとも思えなかった。真剣に私の話を聞いてそして真剣に私に応えてくれているとそう思えた。


「つまり貴女は転生をしてこの世界にいるということなのですね」


私はコクリと頷いた。私が頷けば彼の手のひらが私の頭の上に乗せられ優しく撫でる。決して高くない体温がすごく心地よかった。


「悩みはそれだけではないのでしょう?」
『え……』
「前世の記憶を持っているだけで、この世界に留まりたいなどと思うはずがないですからね。きっともっと悩みがあるのでしょう?」


うまく説明できるかはわからなかった。でも私は思っていることを私の言葉で紡いだ。

双子の妹から言われた、精市という人のこと。その精市を殺して私はこの世界に存在していること。非現実だと思ってしまっても前世の記憶がある私にはそれが非現実だとは思えないこと。だから今の私は罪悪感から幸村精市を演じていること。


「なるほど」
『私は私がわからなくなって……辛いんです。誰も私を見ていない』


両親も何かの魔法にかかったように幸村精市しか見なくなって。そうなればもちろん外部の人間だって私を幸村精市としか見ない。もう長い付き合いの真田だって幸村精市として私を扱う。

私がもう遠藤渚ではないのは理解しているつもりだ。でもせめて幸村市花として見て欲しい。そう願っているのに、それは叶いそうになくて。


「市花」
『!』
「僕は市花と呼びますが、いいですか?」
『もちろん、です』
「僕のことは好きに呼んでくれて構いませんよ」
『骸……』
「はい」


でも、今目の前にいる彼は、骸は私をちゃんと見ていてくれている。嬉しくてでもそれと同時に現実での苦しみを思い出してそれが涙となる。


「おや、泣いてしまいましたか」
『ごめっなさいっ』
「いいえ。泣けるときに泣いておきなさい」
『骸っ……ありがとっ……』


骸は自分の服が濡れてしまうのも厭わずに涙で濡れた私の顔を自分の胸に押し当ててくれた。その暖かさに溺れて、私は意識を飛ばした。



悲しみの波に溺れる






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