幸村精市として暮らす毎日は辛いことが多かった。蜜香に言われるがまま男装をしてテニススクールへと通った。辛い辛いトレーニングをこなして精市を殺したという罪悪感の元私はがむしゃらにテニスをした。

するといつの間にか私は「神の子」と呼ばれるようになった。

そんな私の楽しみは広い広い家にある庭でのガーデニングと家に作ってもらったアトリエで絵を描くこと。そして眠ることだった。

眠ってしまえば辛いことなんて何一つない。辛いトレーニングもないしいろんな感情の入り混じった視線を受けることもない。なにより蜜香がいない。私にとっては天国のような時間。

私が眠りに付けば見る夢は似たようなものばかりだった。綺麗な自然があふれる草原があってそこには小川が存在する。そよそよと風が吹き私の髪の毛を弄んだりする。


ずっと、この世界に居たい。


私は緑の葉を茂らせた立派な木に体を預けて蹲った。

この世界には私苦しめるものが何一つない。それどころか私の心を落ち着かせてくれる。何をするわけでもないけれど、この世界に身を預けているだけで幸せだと感じるほどに私の心身は疲れているのだろう。

そんな、ある日だった。


「おや、こんなところに人がいるだなんて珍しい」
『!』


人の声がした。植物は存在しても虫が存在したとしても人は存在していなかったはずのその世界に人の声が響いた。落ち着いたテノールの声。私は顔を上げた。


『だ、れ?』
「僕は六道骸」
『ろくどう、むくろ?』
「そうです。では、貴女は?」
『私は、誰なんだろうね……』


私は自虐的に笑った。私は遠藤渚だったはずだった。でも死んで、幸村市花として生まれ変わってしまって。と思ったら私は幸村精市になろうとして。私は私。でもその私がわからない。


「貴女の思う貴女を僕に教えてくれませんか」


綺麗な黒髪が風に揺れている。陽に当たるとほんの少し藍色っぽくも見える。少し特徴的な髪型。そしてなにより左右色の違う瞳。わかっているのはその程度の彼に私は心が許せるような気がした。


『私は、遠藤渚。でも今は幸村市花でそして幸村精市……』
「ほう……」
『転生って信じますか……?』


私は手を握り締めた。転生なんてありえない。そう鼻で笑われるか呆れられるかだと思っていたから。


「えぇ、信じますよ」


だから目の前でそう言って微笑む六道骸が眩しかったんだ。









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