「…ン……市花チャン?」 『ん……』
ぼやけている視界には白。生ぬるい風が頬を撫で、鼻腔をくすぐるのは薬の匂い。
『ここ、』 「おかえり」 『あ、私……』
さっきまで精市と話していて、それで。あれは夢?
いいや、あれは現実だった。夢のような幻のような、現実だった。
「どう?話したいことは話せた?」 『はい』 「いい笑顔だね、市花チャン」 『彼と逢えて本当に良かったです』 「うん」
心がぽかぽかしている。私も精市も勘違いで悩んで意味のないところで苦しんで。でもこうして出会って話せて、私たちは本当に分かり合えたんだと思う。
『白蘭、ありがとうございました』 「そんなに改まってどうしたのさ」 『言いたくなったの。ありがとうって』 「フフッ、そっか」 『白蘭にも、そして協力してくれた人にも……』
白蘭に手を貸してくれた見知らぬ誰かにも感謝しなければならない。
「その感謝の言葉は是非直接本人に言ってあげてよ」 『え、でも、』 「確かに今は会えない。でもいつか絶対に会えるからさ」 『あ、はい……』
妙に確信めいた口調でそういった白蘭を私は信じてみることにした。
「精チャンになんて言われたか、僕はわからないけどさ。自分に正直に生きてみなよ。きっと楽しくなるよ」 『そうですね……私が私らしく居られるように試行錯誤するつもりです』 「それはナイスアイディア、だね」
フフッと笑いマシュマロを口に運ぶ白蘭。そしてひと袋が空になるとおもむろに立ち上がった。
「じゃあそろそろ帰るね」 『あ、』 「精チャンも言ってたと思うけど、僕も味方だからね」
そう言ってまた笑う白蘭に私はずっと聞きたかったことを投げかけた。
『なんで、』 「?」 『なんで、私にこんなにもよくしてくれるんですか?』
精市と仲が良かったとしてもここまでのことをしてくれるとは思えない。ただの親切か、はたまた好奇心の一種なのか。それは白蘭本人にしかわからないことだけれど。
「精チャンがね、あまりにも僕に似ていたのがそもそものきっかけさ」 『似てる、』 「そ。無限に存在する世界に魅了され圧倒されそして潰された。そんなところがさ」 『世界に、』 「でも僕は潰されて良かったって思ったんだ」 『!』 「そういうこともあるってこと。だからさ、精チャンにも諦めて欲しくなかったんだよ。歩みを止めてしまう事をどうしても阻止したくなった」 『白蘭、』 「そのためにどうしたらいいかなーって僕なりに考えて考えて、たどり着いたのが市花チャン」 『私……』 「ぴんぽーん!歩みをやめた精チャンはその足りなくなったパーツに君をはめ込んだ。でもはめ込んだあとに彼は後悔をした。そして歩みをやめてその場にしゃがみ込んでうずくまった」 『精市……』 「だから、君とコンタクトを取りたかった。そしてこんなふうに会いに来たんだよ」 『ごめん、わざわざ話してくれて』 「んーん、君にも知る権利はあるからね。まあ、僕なんて怪しさムンムンだしね!」 『私はね、白蘭を一目見てこの人は信頼できる人だって思えたの』 「僕が?」 『うん』
笑みを湛えたその瞳の奥にある真剣な意思はまっすぐ私に伝わった。だからこそ、私は白蘭を信じることができた。
「君は、選ばれるべくして選ばれたのかもしれないな」 『?』 「じゃあそろそろ時間だしね、帰るよ」 『あ、はい!あの、』 「ん?」 『また、会えますか?』 「君が会いたいと思えば会えると思うよ」
それだけ言い残すと白蘭は手を振って病室をあとにした。
私は、私がすべきことがわかった気がする。
潮の香りに幸あれと
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