ふわり、ふわり。

暖かくて心地がいい。誰にも侵されることのない世界。私の大好きな世界。


「おや、市花」
『あっ……!骸っ!』
「クフフ、お久しぶりですね」
『骸っ会いたかったの』
「おやおや、甘えたですね」


私の大好きな世界の私の最も信頼できる彼。本当の私が曝け出せる唯一の存在。


『明日から、入院なの……』
「明日から、ですか」
『それに、蜜香が、』
「市花の妹ですね。どうかしたのですか?」


私は先ほどあった出来事を骸に話した。せっかく頑張ろうと思っていたのにどうしていいかわからなくなってしまったことも。


『精市に後押しされたから、私のやりたいことをやろうって思えたのに……』
「難しい問題ですね……」


骸は何かを考えるように顎に手を当てた。


「市花はパラレルワールドをご存知ですか?」
『あの平行世界ってこと?』
「えぇ」
『まあ、』
「僕も不本意なのですが、このパラレルワールドの存在を否定できないんです」
『骸は存在してるって思ってるってこと?』
「えぇ」


骸はパキリと咲いていたタンポポの綿毛の茎を追った。そしてそれを口元まで持っていくとフゥと息を吹きかけた。すると綿毛はその息に耐え切れずふわふわと宙を舞う。


「彼女が言うようにここが漫画の世界だとしてそのストーリーを辿っているとして、そのストーリーから外れることをしたって世界が壊れるとは限らない」
『え、』
「何故ならパラレルワールドが存在するのだから」
『あ……』


パラレルワールドが存在する。つまり行動の選択肢に幅があるということ。ストーリーを辿っていれば選択肢なんてものは存在せずパラレルワールドなどないことになる。


「市花」
『ん?』
「不安、ですか?」
『……少しは、不安』


パラレルワールドがあるからストーリーを無視しても問題ない。ここは漫画の世界だからストーリーに沿わなければ世界は崩壊してしまう。

どちらも一概に正しくないとは言えない。そして正しいとも言えない。

不安。まさに不安しかない。


「やはり、駄目ですね」
『骸……?』


何かを諦めたかのように溜息を吐いた骸はそのあとに直ぐに何かを覚悟したかのような目つきになった。


「市花にとってこの世界が重要なのは理解しています。そして僕の存在もきっと今の市花には必要な存在なのでしょう」
『それは、』
「でも、この世界だけではこの精神世界でだけでは僕は市花を支えきれない」


ふわり、と骸が視界から消える。否、視界に映るのは骸の肩。そして感じる骸の温もりと香り。


「僕も本当はちゃんと世界に存在するものです」
『私、みたいにってこと?』
「えぇ」
『私の想像力が生み出したものとかじゃ、ないってことだよね?』
「えぇ。その通りです」


いつもより近い、いやそれどころかゼロ距離な私と骸。そんな骸の声は耳元で優しく私の耳をくすぐる。


「会いたい」
『!』
「でも、会えないんです」
『骸……』


今まで聞いたことのないような切ない声色に私も困惑する。


「でも、今決めました。僕は必ずまた市花に会いに来ます」
『どういう、』
「市花に会うために頑張ってきます。だからそれまでは会えません」
『それは、どのくらいかかるの……?』
「……わからない」
『!』
「でも、決めました」


そう言って私を離すとニコリと微笑む骸。


「Arrivederci」


私の瞳からは一粒だけ、涙がこぼれた。











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