コンコンコンと病室がノックされる。蜜香も去り面会時間ももう終わろうとしているこんな時に来客だなんて珍しい。
『どうぞ』
私が返事をすればすっと開く扉。その扉の先にいたのは、見知らぬ男の人だった。
『あ、の、』 「やぁ。こんにちは」 『こんに、ちは』
ニコニコと笑顔なその人はベッドの脇に置いてあるパイプ椅子に腰を下ろし、近くにあった机の上になにやら梱包されたお菓子の袋のようなものを置いた。
「これ、お見舞いの品ね」 『は、はぁ……』 「マシュマロ。嫌い?」 『いえ、嫌いじゃないですけど……あの、どちら様ですか?』 「あぁ、ごめんね。自己紹介がまだだったね。僕の名前は白蘭」 『白蘭……』
その人は白蘭と名乗った。偽名にも聞こえたがどこか彼にぴったりな名前な気がした。
「今日キミに会いに来たのは話しておきたいことがあったからなんだ」 『話したいこと……』 「幸村市花チャンにね」 『!』
今、彼はなんといった?私のことを市花と言ったの?
もはや今の私をこの市花の名前で呼ぶ人なんていないのに。病室の外にある名前ですらも幸村市花ではなく精市だというのに。彼は今……。
彼は、一体……。
「ねえ、苦しい?」 『ッ!』 「苦しいよね。自分を自分としてみてもらえなくて」 『そ、れは……』
他人の口から溢れる残酷な事実。理解はしていたのにこうして第三者から指摘されるとそれは現実味を帯びて私の心を締め付ける。
「そんなキミを見て、悲しんでいる人がいるんだ」 『え、』 「幸村精市クンだよ」 『!』
ダメだ。彼が何を言っているのか理解できていない。
「僕はね幸村精市クン、まあ精チャンと仲良くしてるんだけどね」 『それって、本当はこの世界で生まれるはずだった精市のこと、ですか?』 「うん」 『っ……』
本当にいたんだ。この世界で生まれるはずだった幸村精市という存在は。蜜香の言うとおり……。
「あ、勘違いを今のうちに訂正しておかないとね」 『え?』 「キミはね、精チャンを殺してなんかいないよ」 『!』 「精チャンはね自ら望んでこの世界に生まれなかったんだよ」 『どう、いう、意味ですか、』 「精チャンにはちょっと特殊な能力があってね、その能力のせいで未来に希望が抱けなくなってしまったんだ。だから生まれること自体を拒絶して代わりにキミをこの世界に置いた」 『!』 「だから精チャン、今すごく後悔してるんだよ。キミに辛い思いをさせてしまってるってね」
この話は本当なの?私は精市を殺していなくて、この世界に精市がいないのは彼自身の意思で、今彼は私のことを思ってくれているだなんて……。
『っ』 「あ、泣いちゃった」 『よかった……私、精市を殺しちゃったんだって、そう、思ってて……っ』 「うん。キミはなんにも悪くなんかないんだ」
私は思わず泣いてしまって。私が泣き止むまで白蘭はそこにいてくれた。
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