「ねえ、精チャンはどうしてこんなところにいるんだい?」


ニコリと俺に質問してくる白蘭。それは好奇心からなのか、それとも……


「どうしてだろうね。俺にもよくわからないんだ」
「ふぅん」
「ただひとつわかってることといえば、俺は逃げたんだ」
「逃げた?」
「そう……逃げたんだよ」


俺は逃げたんだ。何からと言われたらこう答えるしかない。

「未来」と。


「まあ逃げるというのも立派な作戦で戦術とも言えるしねー」


逃げた俺を嘲笑うでもなく蔑むわけでもなく選択肢の一つ、正しい判断の一つだと捉えた白蘭に俺は驚きを隠せなかった。


「後悔してるの?逃げたことから」
「!」


ピクリと、己の意思とは関係なく肩が震えた。白蘭という男は全てを見透かしているのか。


そう、俺は逃げたことを今更後悔していた。


俺は逃げたんだ未来から。


「精チャンも僕と一緒なんだね」
「え……?」
「沢山の選択肢がそこにはあって、その選択次第で10も20も100にも1000にも増えてゆく可能性。その可能性に精チャンは押しつぶされた……違う?」
「っ」


「もし」という言葉がある。「もし」あの時にああしておけばこんなことにはならなかった。「もし」あの時あんなことを言わなければこんなことにならなかった。

実際に自分が体験できるものは一つしかなくて、この「もし」というものは体験できない。でも俺はその「もし」を体験することができた。

その「もし」は未来にまで影響を及ぼし、それと同時に過去を侵した。


自分が望む未来には、どんな「もし」を使ってもならない。そう、知ってしまった。


「だから、閉じこもったんだ」
「白蘭は俺のことが何でもわかるみたいだね」
「そんなことはないよ。ただ、僕と精チャンは少しだけ似ているから」
「白蘭も、可能性に潰されたのかい?」
「いいや、僕は可能性を手にしてそして……」


白蘭の表情が曇った。でもそれも一瞬のことで直ぐにもとの笑みに戻る。


「でも今思うとああなって良かったって思う」
「ああなって、よかった?」
「僕はね、僕が望んだ未来にはならなかったんだ」
「!」
「でもね。それで良かったって今なら思えるんだよねえ……不思議でしょ?」


清々しい、そんな表情だ。

俺も逃げなければこんなふうに笑えていたのだろうか。


ああ、それも「もし」か。










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