朝食の時間も後半。洗い物も大半を終えたころ、厨房内で手を拭いていた私のもとにやってきたのは珍しい人物だった。
「未久ちゃん、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど……今いいかな?」
私に話しかけてきたのは宝華梨々だ。私は彼女がこうして厨房に足を踏み入れたのを初めて見た気がする。それにしても手伝って欲しいことなんて、胡散臭い。しかも私じゃなくとも手伝ってくれる騎士共はそこらへんにわんさかいるだろうに。
でも、まあいい。罠だと分かっていても乗らないわけには行かない。
『はい。今ひと段落しましたし、いいですよ』
「よかったあ。景吾にね頼まれごとをしたんだけど一人じゃ大変そうで」
『そうだったんですか。じゃあ行きましょうか』
私は宝華梨々に連れて行かれるがままに歩みを続けた。外へと出て宿舎の裏手に回る。うっそうと緑が溢れ始める。
たどり着いた場所はこの敷地内にある中でも最も年季の入った倉庫。事前にチェックした限りでは戸の立て付けが良くない倉庫だったと記憶している。
「ここの倉庫にあるものをとってきて欲しいって頼まれたんだけどぉ、扉は開かなくてどうしたらいいかわからなくて未久ちゃん呼んだの」
『そうでしたか』
宝華梨々の話の約8割が嘘だということは既にわかっていることだけれど彼女が何をするのかには興味がある。このまま彼女の演技に乗ってみる。
『んっ……確かに硬い、ですね』
「じゃあ梨々も一緒に引っ張るね」
『お願いします』
二人で扉を引っ張ればギギギと音を立てて開いた扉。6畳程度の倉庫にはダンボールから木箱まで置かれておりそれぞれ荷物がパンパンに詰まっている。倉庫特有の埃っぽさを肌で感じ不快感を抱く。
倉庫の中には窓が1つだけついておりそこから日光が差し込んできている。その窓には鉄格子がはめられているからそこから外に出る、なんてことはできないのだけれど。
『それで、何を運べばいいんですか?』
「ラインを引く為の石灰の袋がここだって聞いたの」
『なるほど、』
確かにそれはこの倉庫にある。そこまで調べた、ということなのだろうか。まんざらただの馬鹿というわけでもないらしい。
私は倉庫内に足を踏み入れた。
しかし、その瞬間だった。
バタンッ!
『!』
急に暗くなった視界。背後から差されていた日差しが一切なくなった。つまり、出入り口の扉が閉じられたのだ。そして続けざまに聞こえるガチャリという音。
鍵が、かけられたようだ。
「まんまと騙されてくれてありがとう。だから今日はここでおとなしくしててね〜」
倉庫の外からは楽しそうな宝華梨々の声が聞こえる。最初からこれが目的なようだった。
足音が遠ざかっていく。完全に閉じ込められたようだ。
試しに扉を叩いてみる。金属の板を殴りガンガンと音がするが意味はないだろう。ここはこの施設内でも裏、しかも周りは低木が囲んでおりマネージメントをする者以外が近づく理由がない。ただただ手が痛いだけだ。
生憎ケータイも厨房に置きっぱなしだ。
これこそ万事休すというのだろう。
それでも酷く冷静な自分自身に嫌気がさした。
暗室事件