レンリツ方程式 | ナノ




6時20分には朝食を作り終え、そしてまばらに食堂にも人が集まり始める。私は厨房の奥でコーヒーを啜った。そしてゆで卵にマヨネーズを付けながら食べてバターロールを齧った。


「おはよう」
『……仁王さん、おはようございます』


ふと、気配を感じて振り返ればそこにが銀髪が揺れていて。独特の雰囲気独特の喋り方があたりを包んだ。


「なんじゃ、その顔は」


私の表情の変化を敏感に察知した仁王さんはムスっとした顔で聞いてきた。


『いや、朝弱そうに見えたから』
「人を見た目で判断しちゃいけんぜよ。俺はこう見えても朝はぱっちりなタイプじゃ」
『へえ』
「むしろやぎゅーの方が朝は弱いけんのう」
『え』
「意外じゃろ?人前に出るときはしっかりしとるが起きて数分はベッドの上でぼーっとしとるぜよ」
『意外だ……』


あのきっちりしている紳士な柳生さんにそんな一面があったとは。


「にしても、朝から暑いぜよ……」
『暑いの嫌い?』
「大っ嫌いぜよ」
『うん、伝わった』


本当に嫌いなようでその表情に嘘偽りはないようだ。本気で嫌な顔をしている。


「あー癒される」
『は?』


急にそんなことを言い出して私も素で驚いた。


『急にどうしたの』
「忘れとらんか?俺もアイツのチームなんじゃけど」
『あ、』


仁王さんならばきっと乗り切ってくれるとAチームに入れたのだった。彼は完全に被害者だ。


「耳が痛くてかなわん。それに練習もなんとも言えん。幸村がいるから何とかなってるものの練習効率は最悪じゃ」
『なるほど、』
「これは明日の試合、目も当てられないことになりそうナリ」


明日は試合形式での練習が行われる。いま練習しているチーム同士の試合となるため個々の能力はもちろんこの合宿での頑張りも重要になってくる。が、宝華梨々がマネージャーを勤めているAチームの練習はやはりというべきかはかどっていないようで。

本当に、幸村さんと仁王さんには申し訳ないことをしてしまったと思う。


「未久ちゃんは跡部に頼まれてマネージャーしとるんじゃろ?」
『まあ、そうなるけど』
「じゃああの宝華梨々がいなくなってしまえば、マネージャーやめてしまうんか?」
『多分そうなると思うよ』


元々目立つことを避けたいと思っていたのだ。萩ちゃんからの頼みでなかったらこんなことしていない。まあそれも時すでに遅し、であるのは間違いないのだけれど。

だからといってテニス部に残っていようとも思わない。いくらテニスのルールを覚えそしてテニス部と親交を深めたからと言えど私がテニスに本気になれるとは思えない。そんな私が全国区とも言える氷帝のテニス部でマネージャーなど出来るわけがない。それは本気でテニスをしている人に対する冒涜だ。


「淋しいナリ」


そう溢した仁王さん。淋しい?どうして?


『淋しい?』
「おん、淋しいナリ。未久ちゃんは淋しくないんか?」
『いや、別に』
「薄情者」
『は、』


唇を尖らせそう言う仁王さんに私は呆れるしかない。でも薄情者と言われて私だって黙ってはいられない。


『なんで薄情者になるんですか』
「確かに短い間だけじゃけど、楽しかった。未久と一緒にテニスするん」
『……』
「仲良くなったりするのって時間じゃないと思うナリ。それは未久も例外じゃないぜよ」
『仁王さん、』
「名前で、呼んでくれんの?」
『ま、さはるさん』
「ん、合格じゃ。これでまーくんもあと二日頑張れるナリ」


仁王……雅治さんらしくない優しい笑みを浮かべると雅治さんは厨房を去っていった。

仲良くなるのは時間じゃない、か。はっきり言ってしまえば私はこんな性格のせいで親友と呼べる人間は本当に少ない。表では仲良くしているがあくまでそれは表で完全に信用しているわけではないから。

でも数少ない仲が良いと呼べる人間である若や萩ちゃんと出会ったときのことを思い出せば雅治さんが言っていたことも納得できる。

ああ、私はまだまだ人間らしいじゃない。



傷だらけの心臓に包帯を巻く



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