その後の練習は言わずもがなとなった。特にAチームは練習になっていないように見えるが。幸村さんは大丈夫だろうか。
私はドリンクの用意をするためにマネージャールームへと足を運ぶ。それを見計らったかのようにやってきたのは宝華梨々だった。
「アンタ、ほんとどういうつもり?」
『どういう、といいますと?』
「そのまんまの意味よっ!」
バンッ!と目の前にある机を叩く。怒り心頭のようでその顔はまさに般若。やはり人間感情が顔に出るわけだ。
『その台詞、そっくりそのままお返しします。あなたは一体何しにここに来たんですか』
「何って、ほかの学校のみんなと仲良くなるために決まってるでしょ?」
今更何を、といった表情でこちらを見やる宝華梨々。
「アンタだって本当はそうなんでしょ?」
『……は?』
「隠したって無駄よ。もう気がついてるわ」
こいつついにイカれたのか?口にはしないがそう思った。
『何が言いたいか、私にはさっぱり、』
これは本音だ。
「アンタだってトリッパーなんでしょ?」
『は?』
「テニプリの世界にトリップしてきたんでしょ?もしくは転生トリップ」
どうやら彼女は私もトリップしてきた人間だと思っているらしい。え、こんなやつと同類にされたの私。え、本当に嫌なんだけど。
『ごめんなさい、本当に意味がよくわからないんですけど』
「まあ、好きなだけしらばっくれればいいわ。なんたって梨々には神様が付いてるんだもの。アンタの敵じゃないわ」
神様、そう言ったか。やはり彼女は『神様』というそれこそイレギュラーな存在の介入を受けてここに来たらしい。
「ふふっ、最後に笑うのは梨々よ」
そういってニヤリと笑うと籠の中のドリンクをひとつ手に取り、それを自らにかけた。ビシャビシャと床がドリンクにまみれてゆく。宝華梨々はドリンクまみれになり部屋の中はドリンク特有の香りに包まれる。
「きゃぁぁあああああ!」
なるほど、王道だ。これで集まってきた部員には「未久ちゃんがドリンクをかけてきてぇ」とするのだろう。バカバカしい。私がそんな直情的な行動に出るわけがないだろうが。
なんて考えていれば荒々しくドアが開けられる。なんかデジャヴだが現れたのは忍足謙也だ。
「なっ!梨々っどないしたんやっ!」
「未久ちゃんがドリンクかけてきてぇ」
やば、一言一句同じだった。我ながらすごくね?とまあ空気の読んでいない思考はここまでにして、私は私を睨みつける忍足謙也と対峙した。
「やっぱり自分なんやないか!朝やってしらばっくれたんやろ!」
吼える忍足謙也。そして続々と宝華梨々の騎士が集まってくる。これもまたデジャヴだ。
「蛭魔てめぇっ!」
拳を握る海堂薫。振りかざされたソレを受け止めたのは私ではなく、
「海堂なにやってんだよ」
「切原ッ」
立海の切原赤也だった。
「白石センパイが未久があまりにも遅いから見てこいって来てみりゃ、なんの騒ぎなわけ?」
「聞けや切原!この蛭魔未久が梨々にドリンクかけたんや!」
「ふぅん」
切原くんはちらりと宝華梨々を見やりそして私に視線をよこした。
「怪我はねぇの?」
『おかげさまで』
「よかった」
そういってニカッと笑った切原。しかし周りはそうはいかない。
「切原てめぇ理解してんのかこの状況をよ!」
「せやで、切原」
「理解してるにきまってんだろ。宝華梨々センパイがドリンクかぶってびしょびしょになってる。んで、未久が殴られそうになってたから俺が助けた」
「せやから……!」
「未久はんなことしねぇよ!」
「なっ!」
切原くんは声を張り上げて目の前の彼らを睨みつけた。
「もし仮に未久が宝華梨々センパイにドリンクをかけたとして、海堂が未久を殴るのは筋違いだろ」
「俺はっ」
「何?俺、なんか間違ってること言った?」
切原くんの言葉に返す言葉がないのか言葉を詰まらせる彼ら。私は先ほどの宝華梨々と同じようにドリンクを手に取りそしてそれを自らにぶちまけた。
「なっ!何してんだよ未久」
いちはやく声を上げたのは切原くん。彼らは驚きで口を開けている。
『いや、どうして宝華先輩がドリンクまみれなのかなって考えてて。そしたらこうすればドリンクまみれになれるのかなって思ってやってみた』
「ば、バカじゃねえのっ!ちょ、これ、これ羽織ってろって!」
そうして私の肩に羽織らせたのは立海のジャージだった。
『あ、ドリンク2つ作り直さないと』
「そんなんいいから着替えてこいし!」
わたわたと焦る切原くんが面白くてたまらない。私は切原くんに背中を押されてマネージャールームをあとにした。
『切原くんは練習戻ってさ、白石さんにこのこと伝えといてくれない?』
「お前のこと放っておけるかよ」
『大丈夫だし、ね?』
「んじゃ、白石センパイには言っとく」
『うん。あ、ジャージありがと』
「どーせ未久が洗ってくれてんだしな、どうってことねえよ!んじゃ!」
そういって第3コートへと戻っていった切原くん。
海堂薫から殴られると思ったとき、よけられないことはなかった。しかし避けてしまっていいものかと思っていたのも事実。そして今朝の桃城の一件のように言葉を投げかける余裕がなかったのも事実。結果的に私は切原くんに助けられたわけだ。
にしても、だ。
『二日目でこのペースなら、あと三日もいらないかもしれないな』
予想以上に宝華梨々が仕掛けてくるペースが早い。きっとそれは彼女が変な誤解をしているからだろう。
『私がトリッパーねぇ……笑わせるよ』
私は確かに一般人と思考回路は違うだろう。面白いことを優先させそのリスクを測り自分の手は汚さずに楽しむ。自らの欲に忠実なところはもしかしたら宝華梨々とそっくりなのかもしれないが。しかしトリップなんてものをしてまでこの欲を埋めたいとは思わない。そこが彼女と私の決定的な違いだろう。
私は自室に戻りとりあえずはシャワーを浴びることにした。
有耶無耶の旅