レンリツ方程式 | ナノ




俺の妹はほぼ全てにおいて俺を上回っていた。劣等感を抱いていなかったといえば嘘になるがそれを凌駕するくらいに俺は妹が好きだった。媚びることをしない全てを客観的に判断できるアイツは俺がどういう人物かを知った上で兄として接してくる。

俺は今になって思う。妹が、アイツで、未久でよかったと。

アイツが俺を理解するのなら俺もアイツを理解するべきだと考えて早6年。何をすればアイツが喜ぶのか何をすればアイツにとって迷惑なのか。9割がた理解した。だからこそ、今回の件で俺は直接的に手を下していない。

しかし、だ。もし未久の身になにかあれば黙ってられる自信はねぇ。

そしてまさに今その出来事が未久本人のいない食堂で行われようとしていた。


時刻は午前7時10分。朝早い奴らはすでに朝食を食べ終えて部屋に戻るかそのままゆっくりと食堂で過ごしたりと様々。逆に遅い奴らは寝癖もそのままに朝食にがっついている。


そこに怯えながら入ってきたのは、目元を赤く腫らせた宝華梨々の姿だった。


「なっ!?どうしたんだよっ!梨々ッ!!」


それに気がついた馬鹿どもが箸やらフォークを投げ出して宝華梨々へと駆け寄る。


「あの、未久ちゃん、は?」
「え?アイツならいまここにはいねぇけど」
「あぁ」
「よかったッ……!」


そう言って涙をこぼす宝華梨々。女の涙は武器というがあそこまでそそられねぇ女の涙もあんだなとコーヒーをすすりながら考えた。隣で口元にご飯粒をつけた千里も同じことを思っていたようで変な顔をしてる。


「なんばい?アイツ」
「しらね」


そんな会話とは裏腹にあちらでは我らが姫が泣いたぞとわたわたしている。


「な、何があったんだよッ」
「実は、昨日の夜にっ未久ちゃんが部屋に来てぇ……」
「何をしたんや!?」
「最初は明日の話をしたいって、言ってたから、部屋に入れたんだけど、そしたら、そしたらっ……ひっく」


会話に耳を傾けていた千里がもっている箸がミシミシと音を立てている。折れるのも時間のもんだ……折れたな。


「妖一、未久はどこね?」
「今頃マネージャールームで律儀にドリンクの準備でもしてるだろうよ」
「ここは任せてもよかね?」
「しゃあねぇな」
「恩に着るばい」


千里は食事もそこそこに塊を避けて未久がいるであろうマネージャールームへと向かった。それを見ていた財前光と日吉若も千里のあとをついてゆく。

今この場にいる未久の味方は優雅に紅茶を飲んでいる幸村とその前で髪型を爆発させている切原赤也。その横で赤也を見守る柳と弦一郎。そして上品にナイフとフォークでスクランブルエッグをく口に運ぶ萩之介とその横でやけにうまそうにウインナーを食すジロー。その隣には丸井ブン太になりきっている仁王といったところか。

そして敵勢力は、向日岳人に忍足が二人。桃城武と海堂薫といったところ。


「梨々ぃ……なんか、気に障ること、したのかなぁ……っ?」
「そんなわけねぇよ!」
「そうですよ!」
「でもぉ……」


なるほどな。昨晩、明日の話がしたいと宝華梨々の部屋に入り込んだ未久が宝華梨々を殴ったという話になっているわけか。


「蛭魔未久はどこだ!」
「部屋か?」
「ゆるせねぇな!ゆるせねぇよ!」
「ふしゅー……!」


本心としては今すぐにでもこいつらを殴ってやりたいところだが、未久がそれを望んでいないことは明白。情報伝達も千里たちがやっている。今の俺ができることは、他の奴らへの目配せだ。

客観的に見れば一人の女に群がっている男子と朝食を素直に楽しんでいるほかのやつらといった構図だが実際は違う。朝食なんて楽しんでなんかいねぇ。感じる視線と微量の殺気。俺の役目はそいつらを止めること。未久が望んでいるシナリオ通りにすること。

俺が目配せをすれば「どうして?」といった訴えをしてくるがそれをも俺を制する。

そして俺がするべきことはもう一つ。時間稼ぎだ。

部長がいなけりゃ部長も呼ぶところだがここには幸村がいる。立海で逆ハー補正がかかっている人間はいねぇがあの幸村に逆らえる人間もまたいねぇ。


「どうか、したんですか?」


俺は宝華梨々にハンカチをもって近づいた。宝華梨々はそっと顔を上げると上目遣いで俺を見やり「いいの?」と首をかしげてハンカチを使った。

全く冗談じゃねえ。香水臭すぎだろ。こんなやつによく近づいてられるなこいつら。


「えと、真昼くん、ありがとね?」


女の武器その2である上目遣いもパンダ相手じゃ何も思わねえな。


「いえ、それよりも詳しいお話をお聞かせいただいてもよろしいですか?」
「うん、えっとね、」
「梨々が無理して話す必要はないで?怖いこと思い出してしまうやろしな」
「侑士っ」
「でもできれば、できれば本人から聞きたいんです。どうしても誰かを介入してしまうと違う部分が出てきますからね」
「それは、そうやなぁ……」
「梨々、大丈夫だよぉ」
「無理はしなくていいからな!」


そうして宝華梨々は俺の手を握ると話し始めた。握る必要性を感じないがな。


「昨日の夜ね、梨々が部屋にいたらノックの音がしたの。誰?って聞いたら未久だって。明日のマネージャーの仕事について話がしたいって言ってたから部屋に入れたの」
「それは、何時くらいですか?」
「えっとぉ……11時くらい、だったと思うよぉ?」
「そうですか。それで?」
「そしたらいきなり『本当に宝華先輩は邪魔ですよね!いいかげんにしてください!部員のみんなは私のものなのにっ!』っていってッ、梨々をねっ、殴ってっ……ひっく」
「あぁ!梨々、泣かんといてっ」
「殴られたのは、その右頬ですか?」
「うん、」


ほんのりと赤い右の頬。ま、それもメイクだってのはちゃんと見りゃバレバレなんだが。それに……まあこれは後ででいい。


「それはそれは、いまハンカチを冷やしてきましょうか」
「ううん、大丈夫だよぉ?一応昨日も冷やしたからっ」
「そうですか。でも痛むようなら言ってください」
「うんっ!ありがとぉ真昼くんっ」
「いいえ」


そろそろ時間稼ぎは出来たか。俺が入口に目をやればちょうど扉が開いた。

脚本家は未久。第二幕の始まりだ。




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