人気の少ない放課後の廊下。聞こえてくるのは運動部ならではの騒音と文化部ならではの奏音。陽は確実に傾いており、橙色を作り上げ始めていた。
「蛭魔未久」
カツンと、靴が床を蹴る音がした。そして、耳をくすぐる威厳に満ち溢れた声。私は声のする方へと振り返った。
『これはこれは、跡部財閥のご子息』
「喧嘩売ってんのか、アーン?」
『申し訳ありません、跡部景吾さん』
テニス部の頂点にして、氷帝学園の頂点でもある跡部景吾がそこにいた。
『それで、何かご用ですか?』
「わかってんだろ」
『違ったら恥ずかしいじゃないですか』
私がニヤリと笑えば彼の眉間に皺が寄る。
「……転校生、宝華梨々の情報が欲しい」
その言葉が耳に届くと、私は彼の方へと歩みを進めた。一歩、また一歩と縮んでゆく私と彼との距離。近づけば近づくほどに、周りの喧騒が気にならなくなってゆく。
『そうですか』
「俺様も調べた。が、何一つとして情報が出て来ねぇ……だから、お前の力を貸せ」
『それが、人にものを頼む態度ですか?跡部景吾』
「ッ」
彼との距離、およそ80cm
『ま、私も気にはなっていたんですよ。いろいろと、ね?』
私が目を細めれば、息を呑む跡部景吾。それでも、私の瞳から彼の瞳は離れなかった。
『そうですね、これだけは言えますよ』
私は彼の隣を通り過ぎた。
通り過ぎるその一瞬、彼の耳元でこう呟いた。
『情報が出てこないんじゃなくて、情報が無い可能性だってありますよ』
私がその廊下を抜け出るまで、跡部景吾はそこに立ったままのようだった。
夕焼け小焼けでまた明日