遠くからバタバタと走ってくる音が聞こえる。
さぁ、はじまる。
「何かあったんか!」
このマネージャールームは第1コートと第2コートの間に位置している。つまりAチームとBチームが悲鳴を聞きつけたのだろう。そのおかげもあってか一番初めに扉を開けたのはAチームの忍足謙也だった。
「うっ、謙也ぁ!」
「なっ!どないしたんや梨々!」
「未久ちゃんが、梨々のことぉ、邪魔だって言ってっ、ひっく、叩いてきてぇっ」
そして次々と入ってくる人。そのほとんどが私に視線を向ける。それはそれは怒りのこもった視線。
「なんで梨々のこと叩いたんや!梨々が邪魔なわけないやろ!」
「見損なったぜ蛭魔っ!」
飛ぶわ飛ぶわの暴言苦言。まあ痛くも痒くもないわけだが、ここは演技をする必要がある。本当はいくらでも宝華梨々を口で追い詰めることは可能なのだが今はまだそのときではない。
『わ、私は何もしてませんっ!』
「だったらなんで梨々は泣いてるんだよ!」
『そんなの、』
私が知るわけねえだろうがバーカ。と心の中で叫んでおく。
「なんの騒ぎだ」
「ラケット放り出して走っていくなんて、いい度胸じゃないか」
人ごみをかき分けやって来たのは手塚さんと幸村さん。そしてその後ろには真昼さんこと妖兄。
「聞いてくださいよっ!蛭魔のやつが梨々のこと邪魔だって言って殴ったって!」
「それは、本当かい?」
「精市ぃ……梨々ぃ怖かったぁ!」
『私、やってませんっ!』
全くどっかの三文芝居とはわけが違う。あっちは男が欲しいがために打っている大根芝居。こっちは大げさに言えば死線をくぐり抜けてきた演技なんだ。その証拠にあっちは今気持ち悪い笑みを浮かべている。それに誰も気がついていないのが残念だ。
「とりあえずこの場を収めろ。これ以上騒いだって仕方がないだろう」
「でも手塚部長っ!」
「ここに居る全員!コート外周5周っ!」
「「「「「げっ!」」」」」
「なんだ、10周がいいか?」
「「「「「いえ!行ってきますっ!」」」」」
そういってバタバタとマネージャールームから出ていく馬鹿ども。この場に残っているのは幸村さんと手塚さんに妖兄。そして仁王さんと不二さん。そして私と宝華梨々だ。
「じゃ、じゃあ梨々は頑張ってドリンク作るねぇ?」
「何を言っているんだい?」
「へ?」
「……俺はこの場にいる全員といったはずだが?」
「り、梨々もっ!?」
「当たり前だろう」
「さっさといったらどうだい?君が一番遅いだろうし」
「っ!じゃあ行ってくるねっ!」
最後に私を睨み宝華梨々もまたマネージャールームを出た。
『……不二さんは味方と見てよろしいんですね?』
「もちろん」
『……はぁ、めんど。あの女まじで糞みたいだわ。そうは思わない?妖兄』
「ケケケ!テメェの猫かぶりには毎度感心するぜ」
『猫かぶりじゃなくて演技よ。バカにしないで。猫かぶりはあっちでしょ』
「フフフ、それが君の本性なんだね」
『ごめんなさい、不二さん』
「気にしてないよ。君の演技はいい方向の演技じゃないか。あいつのは違う。猫かぶって愛想振りまいて悲鳴を上げてるだけだ」
不二さんを見ていると幸村さんが被るのはどうしてなんだろうか。ああ、笑顔で毒を吐くあたりがそっくりなのか。
「そう思えば手塚も大丈夫なんだよね?」
「あぁ、跡部から話は聞いた」
『そうですか』
「だがここまでの騒ぎは感心しない」
『もっと柔軟に考えてみてくださいよ。これしきのことでアイツらが騒ぎすぎって考えてみたらどうです?』
「む、」
『とある女子生徒がとある女子生徒を叩いた。よくあることですよ』
「そう、なのか?」
『だって、学校のグラウンドでマシンガンをぶっぱなしてる……なんかよりはよくあることでしょう?』
「それは、そうだな」
『そういうことです』
泥門高校で銃器の音なんて日常茶飯事なのだから、都内の学校での女子高生のいざこざなんて1時間に1回のペースであったっておかしくない事がらのように私は思うよ。
それは言いすぎか。
『やぁーっとこれから始まるんですよね。全く下準備っていうのも楽じゃないなぁ』
「もしかしてわざとかい?」
『聡い人は好きですよ』
「何故そんなことを、」
『この部屋、監視カメラと盗聴器が仕掛けてあるんですよ』
「「「!」」」
『さっきの出来事の真相も何もかも、全部撮してあるんです』
私の言葉に誰しもが言葉を失っている。まあ妖兄となぜか仁王さんは別だが。
「ほんまに、おもしろいやつじゃ」
ククク、と笑う仁王さん。
「ならちゃんと無実を主張すれば、」
『まだですよ』
「?」
『もっともっと追い詰めなければ。私の手を煩わせたんですからね、そう簡単には終わらせてやりませんよ』
私はそう言って肩を回した。
『あ、別に私のことを軽蔑してもらっても構いませんよ?外道だとか悪魔だとか』
「……」
『私は私のやりたいことをやるだけですから』
それに対して妖兄が笑う。仁王さんも笑う。釣られて幸村さんも不二さんも笑う。
「ふふふっ、そろそろ俺たちも走りに行かないと」
くるくる回れや人形劇