その後もう一度ジャグへとドリンクを作った私はそれを第3コートのベンチに置き宿舎内へと戻った。行き先は厨房。今日の夕飯の下ごしらえだ。人数も人数なのでメイン料理が一つのサラダとご飯でいいかなと思ってる。もし跡部さんが文句を言うのなら私はあの人を全裸で屋上から吊るしてやります。
昨日もチェックはしたのだがこれまた立派な厨房で。そう、もうキッチンとかいうレベルではなく厨房。一流ホテルも顔負けの厨房がそこにはある。冷蔵庫も業務用だし、調理道具もひと目でいいものだと分かってしまう。
冷蔵庫で材料を確認。普通になんでもある。無難にカレーとも考えたけれどありきたりすぎておもしろくない。といっても何も浮かばない。それこそひとりひとりにオムライスなんて作りたくない。だったら大鍋をぐるぐるかき回していたほうがましだ。
『肉じゃがでいいでしょ』
カレーとほとんど材料は変わらないけれど、カレーの場合これまた好みが出てくるから面倒だ。私や妖兄は辛口が好きなのだが、きっとジロー先輩なんかは甘口なんじゃないだろうか。とか考え出すとキリがない。カレーの好みは今日のうちにでも聞いておくことにしよう。だからきょうは肉じゃが。
冷蔵庫からじゃがいもと玉ねぎと人参と豚肉としらたきとしいたけを取り出す。じゃがいもは皮をむいて芽をとって一口大に。人参も皮をむいて一口大に。玉ねぎも皮をむいてそして串切りに。しいたけは水で洗って一口大に。しらたきは水気を切って少し短めに切っておく。豚肉も切っておく。
『高そうな豚肉……』
スーパーで1パック500円以下の豚肉とは訳が違う。きっと素晴らしく美味しい肉じゃがができるよこれ。
むしろ牛肉使ってやればよかっただろうか……いや、個人的に豚肉が好きだ。豚肉で行こう。
とりあえず肉じゃがを作り終え、落し蓋をしておく。あとは炊飯器にスイッチを入れて準備完了。サラダと汁物は残りの1時間で可能なので私はコートへと戻る。ここまでで1時間。我ながら頑張ったと思う。30人超えの食事作りなんてする機会がないからね。
そんな第3コートへと戻る最中。
「未久ちゃん」
『幸村さん、どうかなさったんですか?』
Aチームリーダーである幸村さんから呼び止められて私は立ち止まる。すると彼は困った表情でこういった。
「ボールが足りなくなって宝華梨々に取りに行かせたんだけど帰ってこなくてね。すまないが見てきてくれないか」
『わかりました。練習を続けていてください』
「苦労をかける」
幸村さんは眉を下げながらも笑うと踵を返した。
さて、あの女は何をしているのか。
私はボールが置いてあるであろう倉庫へと向かった。
『宝華先輩いらっしゃいますか?』
返事はない。どういうことだろうか、ボールを取りに来るのならここ以外ありえないのだが。
とりあえず私は新しいボールを倉庫から引っ張り出してコートへと運ぶことにした。
『幸村さん』
「あ、未久ちゃん」
『これ、ボールです。あの、宝華先輩が倉庫にいらっしゃらなくて』
「え?」
これには幸村さんも驚きを隠せないようだ。そして幸村さんがなにかを口にしようとした時だった。
「ごめんねぇ精市ぃ!ボールがすっごく高いところにあって取れなくてぇ!」
パタパタと走ってくる宝華梨々の姿。息を切らせ多少額に汗を浮かべた彼女がそこにはいた。といっても、だ。その全てが演技であるのは明白なのだが。
「ボールなら未久ちゃんがとってきてくれたよ」
「え?」
「あまりにも遅かったからちょうど通りかかった未久ちゃんに頼んだんだ。でも倉庫に君はいなかったそうだけど、どこにいたんだい?」
顔は笑顔なのだ。美術品もびっくりの美しい笑顔を浮かべているにもかかわらずその声には威圧感がありとてもじゃないが逆らえそうではない。
「えっ、梨々も倉庫にいたよぉ……?」
『声をかけましたが誰もいませんでしたよ』
「そんなことないよぉ!声聞こえなかったよ?それに梨々、奥の方にいたから気がつかなかったのかも!」
『ボールは手前にありましたけど』
「え、あ、そうだったんだぁ!奥のボールにしか気がつかなかったや」
「……まぁいいや。宝華さんドリンク追加でお願いできるかな」
「あ、うん!まかせてぇ!」
『では私もこれで』
私はその場を離れマネージャールームへ。そして宝華梨々もドリンクを作るためにマネージャールームへ。
「どういうことよっ!」
部屋に入るなり大声で怒鳴りつける宝華梨々。
「あんたコートにもいないしここにもいなかったし!」
『別の仕事をしてましたから』
「はぁ!?あんたは梨々の駒なのよ!梨々の思ったとおりに動きなさいよ!」
『誰がいつ貴女の駒になったんですか』
「あんたは梨々の駒に決まってるでしょ?」
『いいかげんにしてくださいよ。自分の仕事もできない人にマネージャーをしていただきたくないです!』
「生意気ねっ!もう許さないわよ蛭魔未久っ」
そう叫ぶと宝華梨々は自らの頬を叩きそして、
「きゃぁぁああああああああああ」
悲鳴を上げた。
煮込んで煮込んで美味しくなあれ