距離は目測6メートルの位置に彼女がいる。カールされた手入れバッチリの茶髪を揺らした宝華梨々だ。目は二重で唇もプルンとしている。
いやはや、最近のメイクというのはすごいものだ。
確かに可愛いだろう。まあここにいる200人中150人くらいは可愛いと口を零すだろうが、その150人が全て恋に落ちるかと言ったら別の話だ。恋に落ちる人間がいたとして多く見積もっても15人。しかし、この空気は異様だ。
萩ちゃんから聞いていた人物以外ほぼ全員が彼女に骨抜きといった状況なのだ。
『(何が起こっている)』
事態は私が予想していたよりも深刻らしい。
「あれぇ?この子は?」
宝華梨々はようやく私に気がついたらしく声を上げた。私は表情を作りにかかる。
『初めまして。今日からマネージャーとして入部することになりました、1年の蛭魔未久と言います。よろしくお願いします』
「えー梨々初めて聞いたよ?」
『そうですね。私も決心したのが昨日だったもので』
「へぇー」
『あの、先輩の名前をお伺いしても?』
「宝華梨々よ」
『宝華先輩、ですね』
ますますコイツに惚れる意味がわからない。
自ら名乗ることのない非常識人ではないか。
「じゃあ練習をはじめる。宝華は蛭魔に仕事を教えてやれ。何かあれば、萩之助!」
「何?跡部」
「宝華もまだマネージャーになったばかりだ。何かあれば任せたぞ」
「わかった。よろしくね?二人とも」
『よろしくお願いします』
「よろしくねぇ!」
とりあえず、萩ちゃんとは他人のふりをすることにした。萩ちゃんと私の関係を知っているのは本人である私たち二人と若、そして跡部景吾と樺地くらいだ。
「じゃあ、着替えに行こっか」
『はい』
私は宝華梨々に連れられるがまま女子更衣室へと向かった。さすがにそこはちゃんとしているらしい。いや、下手したら部室とかに連れられるのかと。
「着替え終わったらぁ部室にあるタオルを運んでね」
『はい』
「梨々はぁジローちゃん探してくるからっ!」
『ジロー、ちゃん?』
一応とぼけてみる。もちろんジローちゃんが誰なのかは知っている。芥川慈郎のことだろう。万年寝太郎と呼ばれるほどらしく授業中だろうが部活中だろうが大会だろうが大概寝ているらしい。自分の興味があるもの以外にはほとんど反応しないという話だ。
「レギュラーの子なんだけどね?どこかで居眠りしてるだろうから探してこなきゃいけないの!だからその間にタオルとドリンク、よろしくねぇ?」
『わかりました』
とりあえずここは話を合わせるべきだ。私はそう判断した。
さっさとジャージに着替えて部室へと向かう。コートを見ればもう練習を始めているようで部室には誰も居なさそうだ。
ノックを三回。
『失礼します』
予想通り部室には誰もいない。私は棚からドリンクを作る道具を取り出してドリンクを作り始めた。
どうやらレギュラーは各自ボトルが存在するらしく、準レギュラーから下はジャグからコップを使って飲むらしい。私はあらかじめ萩ちゃんから聞いていた好みに合わせてレギュラーのドリンクを作っていく。例えば跡部は甘さ控えめで酸味を強くでも薄味。忍足はバランスよく薄味。こんなかんじ。
レギュラーのドリンクを作り終えたあとはジャグにドリンクを作る。これはどうしようもないので作り方通りよりもすこし薄めにつくっておく。これをジャグで5つ。200人もいるとこうなるのか、と改めて思った。
「えと、未久ちゃん!」
『あ、宝華先輩。慈郎先輩は見つかりましたか?』
「いたんだけどねぇ?起きてくれなくてっ!とりあえずドリンク運ぼっ!」
意気揚々とそういった宝華梨々はレギュラーのドリンクだけが入ったかごとレギュラー分のタオルを手にし重そうにして部室をあとにした。
『……』
私は両手にジャグとコップを50個とタオルを山積みにしてコートへと向かった。
あー重い。
私はモブで貴女はお姫様?