私の学校生活はその日を境に一変したといっても過言ではなかった。それはクラスメイトの雰囲気しかり私を見る目しかり、そしてなにより、
「未久―――ッ!」
『また、ですかジロー先輩』
「部活行くC!ほらほら!」
『部活て、ちょっと若止めてよ』
「無理だな」
『薄情だね』
「お前に言われたくない」
毎日のようにこうして私のいる教室へと足を運ぶようになったジロー先輩。そしてそれを止めるでもなくむしろジロー先輩を庇護するような発言を多くするようになった若。
「またここやったか」
「クソクソ!ジロー!HRくらいちゃんと出ろって!跡部に怒られるぜ?」
「相変わらずマイペースっていうかな」
「あ、やっぱりこっちにいらしたんですね先輩方」
ジロー先輩を探しにくる忍足さんと向日さんと宍戸さん。騒ぎを聞きつけてやってくる鳳。
「蛭魔未久!」
そしてこの男も、
『なんですか、跡部さん』
「今日こそちゃんと部活に出てもらうぜ?あーん?」
『今日こそってなんですか。私テニス部はやめてますけども』
「んなこと関係ねぇよ。なあ?樺地」
「ウス」
「無駄だよ未久。こうなった跡部が止まらないのは未久もよーく知ってるでしょ?」
『萩ちゃん……』
私はあの次の日に退部届けを太郎ちゃんへ提出。無事受理もされ、晴れて私は帰宅部になれたのだ。
だが彼らは違った。
こうして毎日放課後になるとこの教室を訪れては私を部活へと引っ張り出そうとする。
『まったく、私を連れ出す暇があったら練習しろよまじで』
「それは同感だ」
『じゃあさっさと行きなよ、下克上くん』
「お前もな」
『は、』
油断していた。若はすっと立ち上がるとそのまま滑らかな動きで私の手首をひっつかみ歩き始めた。
「なんや日吉のやつ、案外積極的なんやねぇ」
「チッ」
「ん?なんや景ちゃん嫉妬かいな」
「余計なこと言うんじゃねぇよ忍足」
「はいはい」
人との関係なんて大したことはない。一度顔を合わせてもいずれは会うことなどなくなってしまうのが大半だ。
それでもこの人とのつながりというのは厄介なものらしく切れることを知らない。
私は今そのつながりという糸に捕まっている状態とも言える。
振りほどこうと思えば造作もないのだ。でも私はそれをせずに若のなすがままに歩き続けテニスコートへと辿りついた。
初夏の風が吹く。どこか湿っぽくてどこかカラッとしていてどこか懐かしいような風。夏服である制服の袖をはためかせる程度には風が吹いている。
『若はさ、数学得意?』
「得意でも苦手でもない」
『ふーん』
「急に何だ」
『急になんだはこっちのセリフでもあるんだけどまあいいや。若ってなんとなく文系っぽい雰囲気出してるからさ』
「どちらかといえば古文とかのほうが得意だが」
『だよね』
私はなんでもできるから得意とか不得意とかないけれど、強いて言うなら理系だと思っている。数学なんかは答えがはじめから存在しているから、それを目指して解法を勧めたほうが明らかに楽だし好きだからだ。
「で?何が言いたいんだ」
『人間ってのはさ、答えを求めて生きてるわけだよ』
「……」
『でも、答えなんてない』
「そう思うのか?」
『ないでしょ。あって欲しい?』
「俺は……」
根が真面目な若は俯いて考えに耽る。
『ないものって欲しくなるでしょ?それと同じ』
「確かにな」
『答えは一つじゃない。もし一つだったとしても、その答えにたどり着くにはもっと別の答えが必要になるに違いない』
「……お前の考えはわからん」
『解りたくもないんじゃない?』
「半分は、な」
『半分はわかりたいの?』
「お前のことを、な」
長い前髪の隙間から若の鋭い眼光が覗いた。
『それって告白?』
「さぁな」
これが正解かどうかなんて誰にもわからない。私にだって。
でも、選択したからにはその答えに責任くらいは持つべきなんだと私は考えてる。
君は、どう?
レンリツ方程式
End