レンリツ方程式 | ナノ





合宿所内をくまなく見回って気になった点はピックアップして書類にして跡部さんに手渡しておく。使用したところの掃除も終了し、私は自室で荷物をまとめていた。

何故か部屋のベッドの上にはジロー先輩がいるわけだけれど。


『先輩は帰る支度終わったんですか?』
「へへっ!終わったCー!」
『それはよかったです』


最後にパソコンをしまえば準備完了。


『ジロー先輩、準備終わったので部屋出ますけど』
「もう?」
『もうです』


私がそういえばのっそりとベッドから起き上がり大きく伸びをするジロー先輩。大きなあくびを一つすると生理的な涙を浮かべてその涙を拭うようにして目をこすった。

そんな時に叩かれた扉。返事をすればゆっくりと開かれる扉。


「やっぱりここだったか、ジロー」
「宍戸じゃん」
「宍戸じゃん、じゃねぇよ。ったく」
『もしかして探してました?』
「多少な」


扉を叩いたのは宍戸さんだった。ジロー先輩を探していたようでジロー先輩の姿が確認できて少しほっとしているように見受けられた。それよりも、私がいて気まずいといったところだろうか。

行動には移していなかったとはいえ私のことを邪険に扱っていたのは事実だ。

といってもだ、私も何度も言っているが彼らは被害者に過ぎない。


『宍戸さん』
「!」
『皆さん待っているんでしょう。行きましょう』
「あ、あぁ」


氷帝の面々からは既に耳にタコができるレベルで謝罪の言葉をもらっている。

言葉というのは不思議で、言葉にしなければ伝わらない反面言いすぎてしまうと安っぽくなってしまう。


玄関前にはやはり既に全員が揃っていた。跡部さんも若も萩ちゃんも、樺地も向日さんも忍足さんも鳳も。そして妖兄も。


『お待たせしました』
「揃ったな。さっさとバスに乗り込め、出発するぞ」


跡部さんの声で動き出す面々。そうして荷物を積み込み席に付けばバスは発車した。

バス内の雰囲気は決していいものとは思えなかった。誰が騒ぐでもなく沈黙が続く。重い重い空気が車内に満ちていた。

私は前から三番目の左側に腰を下ろしていた。イヤホンで耳を塞ぎ外を眺める。妖兄は一番前でパソコンをいじっているようだ。若は私の後ろの席に。跡部さんは2列目に。樺地はその後ろの席に。そのほかの人も各々一人ずつ座っていた。


気がつけばもう氷帝前で。バスから降りてバスが目の前から去るとのそのそと荷物を部室に運び始めた。

久しぶりの部室だった。無駄に豪華な部室とは思えないような作りの建物。座り心地最高のソファーや一級品とも言える装飾品など。


そんなきらびやかな部室だというのに暗雲立ち込める雰囲気に私は思わずため息をついた。


『もう、大会直前ですよ』


ポツリと私はその言葉を漏らした。視線が私へと向けられる。


『直ぐに立ち直れとは言いません。というか直ぐに立ち直ってもらっても困るんですけど』


たまたま視線のあった向日さんがビクリと肩を震わせる。


『謝って欲しいとかお礼が聞きたいとかそういうんじゃないんですよ。現状を受け入れて過去を反省してそれでいいじゃないですか』
「未久、」
『はっきり言えば今後のテニス部なんてどうでもいいです』
「!」
「そら……きついなぁ」


はは、と乾いた笑いをこぼすのは忍足さんだった。


『でも、せっかくこうして機会を与えたわけですから優勝してもらわなければ困るんですが』
「はっ、言ってくれるじゃねぇか」
『私は無駄が嫌いです。ですが、生きていく上で無駄なんてないと思いますよ、最近』


泣いた笑った怒った。泣かせた笑わせた怒られた。

人生の中で喜べる点なんて数少ないものだ。辛いことのほうが圧倒的に多い。しかしその辛いことは回避すべきものだったのか?答えは、否だ。

人間には幸いなことに学習能力が備わっている。辛かったときのことも苦しかったときのこともその全ては経験となる。


『きっと今回のことで理解できたんじゃないですか?仲間というのが、どんな存在なのか』


当たり前のように近くにいて、当たり前のように同じ目標を持ち共に歩み時には走り、そんなことを繰り返して育ってきたであろう仲間。当たり前、なのだ。

その当たり前が音を立てて崩壊した。

それがどんなものなのか、きっとこれで学習しただろう。


『跡部さん』
「なんだ」
『強くなりますよ、氷帝』
「当たり前だろう」


いつもと同じように自信満々に答える跡部さんの姿に思わず皆が笑いをこぼす。


「それでこそ、跡部やなぁ」
「くくくっ!最高だぜ、跡部!」
「あぁっ」


さっきまでの雰囲気とは一転、明るい雰囲気へと変わった部室内。

笑いながら談笑を続けるテニス部部員たちを横目に、私は音を立てずにその場をあとにした。




「いいのか?」


校門では妖兄が門にもたれ掛かるようにして立っていた。視線だけを私によこして問いかける。


『いいもなにも、最初からこの予定だった。私の予定は狂わないよ。あくまでも、予定はだけど』


妖兄はそれ以上私に追求することなく、壁から背中を離した。


「帰るぞ」
『うん』




紡ぎ糸



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