レンリツ方程式 | ナノ






「こっちもそろそろ時間だな」


11時。立海と青学もそろそろ帰路につく時間だ。ロータリーに止まる2台のバスにそれぞれが荷物を積み込んでゆく。私もそれを手伝いたいのだが、


『重い』
「まーくんそんなに重くないナリ」


何故か後ろから覆いかぶさるようにしている雅治さん。そのせいで身動きが取れずにいた。柳生さんは何故か微笑ましそうに見つめるだけだし、幸村さんに至っては眼中に入れないようにしている。最終兵器妖兄は私と一緒に帰るからと未だに自室に閉じこもっている。

弦一郎だけは向こうの方でなにか叫んでくれているようだけど、そんなもの雅治さんには馬の耳に念仏のようで意味をなしていない。


『自分の荷物はいいんですか?』
「やーぎゅに押し付けたナリ」
『それは……どうなんだ?』


柳生さんが少し不憫に感じたのは私だけじゃないはず。

とか考えていると覆いかぶさっている雅治さんの雰囲気が変わった。なにかあったのだろうか。


『雅治さん?』


よいしょ、と体制を立て直して前を向けばそこには青学の3人が立っていた。


『何か御用ですか?』
「「「ッ」」」


ビクッと肩を震わす三人。明らかに体格は私の一回りも上なのにどこか小さく見える。


「ご、ごめんなさいっ」


そう言って初めに頭を下げたのは菊丸英二だった。そしてそれに習うようにして後輩の二人も頭を下げる。


「今思うと、俺、どうかしてたって思う……言い訳するわけじゃないけど、梨々のこと以外に考えられなくなって、それで……」
『まあ、あれはしょうがないといえばしょうがなかったですから。神の仕業、いうなれば天災の一つとも表現できます』
「あ、の、」
『反省してくれてるならそれでいいですよ。あと謝るなら部の雰囲気を壊してしまったことを部員の皆さんに、だと思います』
「「「!」」」
『大石さん、心配してましたから』
「っ!」


ハッとした菊丸さんがキョロキョロと周りを見渡す。そしてある一点で視線を固定。その先には大石さんの姿。


「大石、」
『恋愛ごとをくだらないとまではいいません。でも、そんなことで大切なもの見失っちゃダメですよ』
「俺っ」
『私はもう充分謝ってもらいましたから。行ってください』
「ほんと、ごめん!んで、ありがとう……!」


菊丸さんはそのまま大石さんに突っ込んでいった。


『今の言葉は、菊丸さんだけに言ったわけじゃないから』
「「!」」
『部外者が何を、って思うかもしれないけどなんとなくはわかるよ。ここにいる人たちにとってどれだけテニスが大切か』
「「……」」
『……中学男子テニス部優勝校、青春学園中等部』
「「!」」
『それを、引き継いだんでしょ?君たち二人は。忘れちゃいけないよ。勝者が勝者であり続けるのがどんなに苦しいか。それは身をもって体験したでしょ』
「蛭魔、未久っつったか?」
『えぇ』
「俺、勘違いしてた。梨々のこととか関係なしに生意気なやつだって。でも、違った」
「誰より周りのこと見てた。だからこそ、あんな言葉を俺たちに投げられたんだな」
『そこまでわかっていれば充分。今のうちに先輩から吸収できるもの吸収しといたほうがいいと思うよ。あの手塚さん、素晴らしい人みたいだしね』
「そんなこと、」
「言われなくともわかってらぁ」


そう言って2人は笑って、踵を返した。


「本当に、甘いのぅ」
『何?許さない、とでも言って欲しかった?』
「いーや、別にそんなことはないぜよ」


フフッと鼻で笑う雅治さん。ようやく私から離れた。


「未久」
『幸村さんに、柳さん。っていつの間に呼び捨てに?』
「ダメかい?」
『いえ、そういうことでは……』


気づけば後ろにいた幸村さんと柳さん。ああ、だから雅治さんは離れたのか。


「世話になったね」
『いいえ、こちらこそこんなくだらないことに巻き込んでしまって』
「フフッ、楽しかったよ。な?柳」
「あぁ、いいデータが取れた」
『なら良かったです』


幸村さんと柳さんと話していれば荷物を積み終えた立海のメンバーが集まってきた。


「未久ー」
『切原くん』
「んーやっぱその呼び方しっくりこねぇ。赤也って呼べよ。どうせ同い年だしな」
『赤也、ね』
「おう!」
「俺もブン太でいいよい!」
『ブン太さんで』
「今度一緒にケーキでも食いに行こうぜ!ジャッカルの奢りでな!」
「俺かよ!」


約束だぜい?と小指を突き出すブン太さんと約束を交わして、そして笑った。するといつの間にか輪に入ってきていた弦一郎がポンと私の方に手を置いた。


「時間があれば神奈川に来るといい。皆、待っている」
『そうさせてもらうよ』


そう言えば弦一郎は満足したようにうっすらと微笑んだ。


「そろそろ時間かな」


ケータイで時間を確認した幸村さんが声を出した。


『お世話になりました』
「こちらこそ」


フフッと微笑んだ幸村さんは肩にかけたジャージを翻してバスに乗り込んだ。それに習って次々とバスに乗り込む部員たち。

視線を投げれば青学の方もバスに乗り込み始めたようだ。そして窓ガラス越しに手塚さんと視線が交わる。私は会釈をする。そうすれば手塚さんは頷いた。


こうしてバスは合宿所を出発していった。



さようならは言わない


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