レンリツ方程式 | ナノ





そこに、今までいたはずの存在は完全に消えてなくなった。有り得ないような出来事なのに何故か飲み込めている自分がいて。きっとそれは目の前にあるそれこそイレギュラーな存在のせいなのだと思う。


「ごめんな、蛭魔未久」


こちらを振り向き謝ってきた神に私は驚いた。謝られる理由が見つからないから。


『どうして、謝るの?』
「迷惑をかけたからな。お前が望んでいた学校生活を壊したから」
『確かに、それはそうだね』


元々氷帝学園高等部ではおとなしく過ごすつもりでいた。私の表の顔なんか晒さずに、静かに3年間を終えるつもりだった。

でも、あの宝華梨々の存在でそれが狂い、今ではここに居る全員に私の本性がバレている。


『でも、楽しかったしいいよ』


結局私の基準はそこ。面白いか面白くないか。楽しいか楽しくないか。


「ククッ、ほんとに最高だな、未久は。だからスキだ」
『神に好かれても嬉しくないな。だって私、』
「無神論者、だろ?」
『その通り』


何が面白かったのかはわからないけれど大笑いする神。一通り笑うと、真剣な顔になる。


「本当はさ、こんなふうに俺って人間と会っちゃいけねぇのよ」
「は?」
「じゃ、じゃあなんで、」
「成り行きだからしょーがねぇよ。でもこのままってわけにもいかねぇ」
『じゃあ、どうすんの?』
「記憶を消す」
「「「!」」」
「消すっつってもそんな大仰なことじゃねえよ。俺に出会ったことだけ忘れりゃいい」
『矛盾は、生じないの?』
「ああ。何が起こったかは理解したまま、俺が説明したとういう事実だけを消す。それから補足で言えば宝華梨々の存在と宝華梨々に関する記憶はここに居る奴ら以外のは消える。だからくれぐれも言動には気をつけろよ」
「なんで、宝華梨々の記憶を俺たちから消さない?」
「一つはめんどくさいから。もう一つが、戒めってことでどうだ?」
「戒め、」
「目に見えるものだけが、耳で聞こえるものだけが全てじゃねぇっていうな」


そこにいるメンバーは一人残らず全員が今の言葉を刻みつけただろう。もちろん、私も。


「まあ記憶消すのは明日にしてやるよ。じゃ、俺は帰る」


そう言ってまた地面から足を離し宙に浮く神。しかし、あ、と口にこぼすとふよふよと私の方に近づいてきて耳打ちをした。


「お前には、記憶を残しておく。もし何かあったら俺の名前を呼べ。駆けつけてやる」
『え、』
「俺の名前は、ジル」


それだけ言い残すと神、ジルは消えた。


「未久!」
『妖兄』
「なんもされてねぇな?」
『うん、特には』
「そうか、」


妖兄から目を離し周りを見渡せば未だに目の前で起きた出来事が処理しきれていないのか、誰ひとり動く気配はなかった。

しかし以外にも一番初めに動き出したのは、若だった。


『あれ、以外。もういいの?思考タイムは』
「あぁ。確かに気になることだらけだが、明日には忘れるんだ。今深く考えたって無駄だろ」
『一理あるね』


明日からは元に戻るんだ。きっと萩ちゃんの望んだ通りに。

最初は少しぎくしゃくするかもしれない。でも彼らなら元に戻れる、そんな気がした。根拠なんてなにもないけれど。


「未久、」
『なに?若』
「話がある」


私は若に連れられるがまま外に出た。直接日光の当たらない木陰で若は立ち止まった。


『どうしたの?』
「……お前が何を言ったって一度決めたことを覆さないやつだってことは知ってる」
『うん、まあ、そうだね』
「だから無理にお前を言いくるめようとは考えてない」
『……』
「お前は、テニス部をやめるだろ」
『よくわかったね。明日にも太郎ちゃんに退部届を出すつもりだったよ』
「正直言えば、やめて欲しくない」


若は目を離すことなく私に話しかけてくる。その目がいつも以上に真剣で、私も若から目が離せなくなる。


『それでも私は、』
「やめるだろうな。わかってる」
『なら、』
「やめたっていい。それは止めないし止める権利だってないと思ってる。ただ、」
『ただ?』
「それで今までの関係を途切れさせようとは、思わないで欲しい」
『!』
「こっちが巻き込んだのは重々承知してる。そのせいでこれからの生活になんらの支障をきたす可能性があるのだって否めない。でも、この1ヶ月間の出来事は、嘘じゃないだろ」
『若、』
「跡部さんも、ジローさんも、滝さんも、もちろん俺も、未久が大切だから」


いつにもなく真剣で、でもどこか泣きそうな若に思わず笑いが漏れる。


「なっ!こっちは真剣に、」
『わかってるよ、若』
「、」
『さっきも神に言ったけどさ、楽しかった。宝華梨々とのアレだけじゃない。テニス部の一員として活動するのも』
「未久……」
『たださ、跡部さんにはさ、もうちょっとアレを自重するように言ってくれない?あの俺様ぶりはどうしても無理』
「無理な相談だ。治せるなら今頃治ってる」
『だよねー』


また、笑いが漏れた。



カーテンコール



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