レンリツ方程式 | ナノ





8時。食堂には合宿参加メンバーが集められていた。各々が好きなように座っている。言わずもがなというべきか、宝華梨々の周りにはいつものあのメンバーが固まっている。まあ言うなれば最後のひとときだから、野暮なことはしない。

私は跡部さんに手渡されたリモコンを操作した。

すると天井から降りてくるスクリーン。窓のカーテンは閉められ照明も落とされる。プロジェクターのスイッチが入り、スクリーンが照らし出される。

流れ出すのは、編集された映像と音声。


最初に流れたのは合宿初日のできごと。萩ちゃんに頼まれた分のドリンクを分捕られた場面。そして自分自身でドリンクを被る場面。私の罵詈雑言を浴びせ自らの頬を自らの手で叩く場面。などなど。

チラと宝華梨々の顔を見やれば顔面蒼白といった様子。


「こ、こんなの合成よっ!こんないたずらしたの誰っ?!」
「そ、そうだにゃ!」
「誰だよ!こんな酷いことしたの!」


もう、言い訳なんて無意味なのに。まだまだ恥を晒してくれるだなんて随分サービスのいいお姫様だこと。


『もう、いいでしょ?』


私はスクリーンの脇へと立って声を上げた。すべての視線が私へと向く。


「もしかして、こんなことしたの未久ちゃんなの?」
『こんなことって、どんなことです?』
「こんな、梨々を陥れるようなビデオ作ったことよ!」
『ビデオを作ったのは確かに私ですよ』
「てめぇ!」
「もう許さねえぞ!」
『作ったのは私ですが、映像自体はこの跡部さんの別荘にある監視カメラのものを使用したまでですよ。私は監視カメラの映像を皆さんに見やすくしたまでです』


そんな私の言葉なんて聞こえていないのか今にも殴りかかりそうな奴ら。それを止めたのは跡部さんだった。


「いい加減にしろテメーら!この映像は現実だ。それでも信じられねえっていうのなら……」


パチン!と跡部さんが指を鳴らすと流れ出したのは4つのコートの練習風景だった。綺麗に四分割された各コートの風景。


「これがなんなん?跡部」
「これは2日目の午前中の練習風景だ。特に第1コートを見やがれ」


第1コートはAチームが使っていたコートだ。Aチームとはつまり宝華梨々が担当したチームだ。


「なにも、ありませんよ跡部さん。ただ練習している風景です」
「宝華梨々、こいつが映ってんだろ。さっきからずっとだ」
「えぇことやないか。コートで練習のサポートしてくれとんのやろ」
「そうや!かたや見てみぃ!第3コートに蛭魔の姿なんかないやないか!」
「サボリっすね!」
「テメーらの目は節穴か!今この映像に流れてる時間帯は午前11時。こっから早送りで12時までの間宝華梨々はずっとこのコートにいるんだよ!」
「それのなにがいけねぇんすか?」


意味がわからないと跡部さんに突っかかってゆく馬鹿なメンツ。呆れたように助け舟を出したのは柳さんだった。


「桃城武。この日の昼食のメニューを覚えているか?」
「この日の、昼食っすか?確かパスタだったッス。たくさん種類があって全部梨々の手作りでうまかったすよね」
「矛盾に、気がつかないか?」
「は?」


柳さんは開眼。桃城武を射抜いた。


「宝華梨々はずっと第1コートにいた。じゃあいつ、昼食のパスタを作ったんだよ、あーん?」
「「「!」」」
「幸村」
「なんだい?」
「宝華梨々が料理をするためにコートを離れた場面はあったか?」
「いや。コートを離れたとしても長くて30分くらいだったと思うよ。終了時点までずっと一緒だったし、宿舎に戻るのも一緒だったからね。料理を作る余裕なんてなかったと思うよ」
「どうだ?」


跡部さんはうつむいている宝華梨々へと視線を投げた。


「だ、だって未久ちゃんと一緒に作ったから、そんなに時間かからなかったもの!未久ちゃんの手際がよくて梨々びっくりしちゃったよぉ」


この後に及んでまだそんな法螺を吹くのか。


「めんどくせぇ女だなっ」
『ほんと、めんどくさいな』


私はリモコンをさらに使用。音声を流した。


「もしもし?梨々だけどぉ?ちょっとヤって欲しい女がいるの。うん、まあ顔は微妙だけどさぁ……え?梨々?まあ、ご褒美になら考えてもいいかな?お金は渡したからいいでしょ?お金も渡してヤれるんだからいいじゃない。え?悪女?違うわよ、梨々はぁ優しいの!ウフフ!じゃあ明日ねぇ。うまくやってくれないと困っちゃうんだからぁ」

ピッ!

「全て明日奈落に落としてあげるわ、蛭魔未久。でも感謝して欲しいわ、ヤってもらえるんだからね!キャハハハハ!」


これは一昨日の晩に例の男たちへの電話の内容だ。彼女の部屋には盗聴器が仕掛けてある。だからこそ私は男たちを回避できたのだから。

そして妖兄が引っ張ってきたのはその男たちだった。


「宝華梨々さん。この人たちがだれか、わかりますよね?」
「ッ!し、知らないよ、そんな人たち……誰なの?真昼くん」
「今流れたのは貴女の部屋に仕掛けた盗聴器の内容です。一昨日の夜、貴女はここに居る男たちに電話をした。そうですよね?」
「と、盗聴器ッ!?」
「えぇ。この合宿が始まってからずっと貴女の部屋にはありましたよ?盗聴器」
「ま、真昼、くん?」


大人しいはずの真昼。紳士で優しい真昼。そんな真昼が口調そのままに顔に悪魔のような笑みを浮かべていく。


「おら、吐けよテメーら。吐かねえとマジで殺すぞ」
「ヒッ!」
「お、俺たちは梨々に頼まれて、そこの蛭魔未久をヤれって……梨々の手引きでこの別荘に潜り込んで……」
「だとよ」
「そんなこと梨々がするわけないよ!真昼くんまでどうしちゃったの?」
「真昼くんまでどうしちゃったの?はっ」


真昼と呼ばれる男は被っていたかつらを外し、持ち前の金髪を晒した。メガネも外して元通り。

蛭魔妖一の完成だ。




大団円


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