レンリツ方程式 | ナノ




その日はそのまま医務室で一夜を過ごした。

夕食を終えた時間あたりから医務室は賑やかになった。訪れる人、人、人。


最初に訪れたのは跡部さんと樺地くん。そして萩ちゃんとジロー先輩だった。恥ずかしげもなく額に額を合わせてくる跡部さんに妖兄がブチ切れたのは想像に容易い。萩ちゃんには謝られジロー先輩には泣かれてしまって。私は二人に『ありがとう』と伝えた。そうすれば萩ちゃんは困った顔で笑って、ジロー先輩は抱きついてきてまた妖兄が怒鳴った。

次に来たのは立海の3強と切原くん。私の姿を見て抱きついてきた切原くんを寸でのところで止めたのは柳さんで。幸村さんはポンポンと私の頭を撫でて弦一郎は不機嫌そうにしていた。私が『弦一郎』と声をかければ帽子の先を下げて目元を隠した弦一郎が私を抱きしめてきて。結局また妖兄が怒鳴って。そんな弦一郎を幸村さんは笑顔で引っ張っていった。

そして次は立海のプラチナペアことジャッカルさんと丸井さん、そして柳生さん。土産だよいと手渡されたのはパンケーキで。なんでも厨房を借りて作ったらしい。まだ温かくて、バターとはちみつが美味しかった。ジャッカルさんは相変わらず優しくて。柳生さん曰く、雅治さんは後で来るとのことだった。今は医務室が混むだろうからって。

次に来たのは四天宝寺の人たちだった。泣きながら私の手を握る小春さん。ほんまに良かったと笑ってくれている白石さんに小石川さん。私は3人と同じチームだったから、謝れば謝るのはこっちだと言われて逆に謝られてしまった。気づかなくてごめんと。もっと早くに気がつくべきだったと。迷惑をかけたのはこっちだというのに、本当にいい人たちだ。

そして光と若を連れてやってきたちーちゃん。といいつつ部屋に入って最初に私に飛び込んできたのはちーちゃんだ。よかったばいっ!とあの巨体に泣き疲れたときはマジで死ぬかと思った。それを光と若と妖兄が止めてくれて助かったけど。ぐずぐず言うちーちゃんとは打って変わって静まり返って無言な2人。用事がないなら帰りやがれ!と怒鳴る妖兄に急かされ言葉を紡ぎ始めた。


「スマン、」
「すまない、未久」
『は?』


いきなり謝られて私も困惑せざるを得なかった。そこに助け舟を出したのはちーちゃんだった。


「二人ともずっと未久のこと探しとったんよ。ばってん見つからんくて走り回って、自分たちで熱中症になってしもうたんよ」
『あ……』


ちーちゃんから説明を受け二人を見やれば気まずそうな二人。


『若、光』
「「っ」」
『ありがと。探し回ってくれて。私の方こそごめんね』
「俺はっ!俺は、悔しいんや」
『光、』


ギリリと奥歯を噛み締めた音がした。


「こうなることくらい予想はできとったはずなんや!なのに気ばかり焦ってしもうてただ走り回ることしか出来んかった……そして倒れてちゃ世話ないッスわ……」
「何もできなかった俺自身に、腹が立ってるんだよ」
『何もできなかった?違うよ』
「「!」」


二人の視線が私を射抜いた。


『探してくれてありがとう。その事実が何よりも嬉しいから』
「未久、」
「スマン、未久」
『もうそれ聞き飽きたんだけど』
「っ!あ、ありがとう」
『こちらこそ』


そしてまたちーちゃんに連れられ二人は医務室をあとにした。

そしてそのあとに来たのは青学の人たちだった。手塚さんに乾さん、不二さんに大石さんに河村さん。全員が私の心配をしてくれた。大石さんは体調のチェックをしてくれて今日一日しっかり睡眠をとることと、水分をしっかり摂ることを念押しして医務室を去っていった。


そして、もうすぐ日付を跨ごうという時間帯だった。

ガラリと開く扉。ペタペタと歩き、ベッド脇に置いてあったパイプ椅子に腰を下ろした彼はこてんと頭を私の肩口に落とした。


『雅治さん?』
「はー……未久ぜよ……」


小さな声だった。でも確かに私には聞こえた。


『雅治さん、運んでくれたって聞いたから。ありがとう』
「えぇんよ」


頭の位置はそのままで雅治さんはそう、返事をした。肩口で呼吸を繰り返すソレが少し擽ったかったけれどそのままにしておいた。


『夕飯はなんでした?』
「牛丼やった。作ったって言うとったけど、アレは冷凍の味がしたナリ」
『あはは、』
「よくよく探してみたら女の子が一人いてのう、今日の昼食のおにぎりはその女の子が作ったらしい」
『妖兄、』
「ああ、監視カメラに映ってる」


パソコンの画面から目を離さずにそう答える妖兄。


『名前とか聞いた?』
「布川南って言うとった。氷帝の2年生じゃと。合宿所に来ていい代わりに食事を作れと言われとったらしい。宝華梨々の隣の部屋が空き部屋じゃったろ?そこに押し込められとった」
『なるほど』
「会話はできんが、部屋からは練習風景が見えるようじゃったしの」


これで今日の食事の謎が解けたわけだ。


『今、彼女は?』
「跡部に引き渡してきた。じゃが、いなくなってしもうたら宝華梨々に不審に思われる。だから合宿が終わるまでは滞在の許可が下りたみたいナリ」
『懸命な判断ね。明日の朝にでも挨拶に行くよ』
「ククッ、それがいいぜよ」


一通り会話を終えたそこに流れたのは沈黙だった。兄が鳴らすキーボードを叩く音だけが冷に流れるBGMだ。


『雅治さん、』
「なんじゃ?」
『あの時、雅治さんの声が聞こえたんだ』


意識が既に朦朧としていた時に聞こえた声。夢だとも思った。でも話を聞けば私を運んでくれたのは雅治さんだという。あの声も、あの手のひらも、雅治さんのもの。


『私、いろいろやってきたからさ、いつかこんな風にどこかに閉じ込められたりするんだろうなって思ってた。だから閉じ込められた時もさどこか他人事のような気がしてやけに冷静な自分がいてさ、吐き気がしたんだ』
「おん」
『でもやっぱり扉は開かないし、室内はどんどん暑くなって、普段そんなに汗かかないはずなのに気持ち悪いくらいに汗がでてきて。座ってるのも辛くて。これで終わるのかって、思っちゃったんだ』
「……」
『でもそしたらさ、扉が揺れて、雅治さんの声が聞こえてさ、安心したんだ』
「未久、」
『私の名前、何度も何度も呼んでくれたよね』
「未久、」
『嬉しかった』


私がそう笑えば雅治さんも喉の奥で笑った。フッと優しい笑みを浮かべると立ち上がり私の頭を撫でると私に背を向けて歩き出した。


「これ以上いたらお兄さんに射殺されそうじゃからの。退散するぜよ」


ひらひらと手を振り去っていく雅治さんを、私は扉が完全に締まるまで見つめ続けた。




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