レンリツ方程式 | ナノ



『ここ、は』
「未久、」
『妖兄……?』


重い重い瞼を押し上げて視界に入ったのは真っ白い天井に真っ白いカーテン。私が声を出せばシャッとカーテンが開き金髪が覗いた。聞き覚えのある、いや、聞きたくて堪らなかった声。


「具合は?」
『ちょっと、頭痛いくらい』
「ホレ、水」
『ありがと、』


いつもなら投げ渡すペットボトルも手渡される。

キャップを開けほんのり冷たい水を飲む。よほど喉が渇いていたのだろう一気に半分を飲み干した。


『今、何時?』
「5時。夕方のな」
『!』
「テメーは寝てろ、馬鹿」
『う、』


妖兄に額を小突かれ再びベッドへと沈む。

というより、


『変装は?』
「今くらいいいだろーが。なんだ、愛しのお兄様の素顔は嫌なのか?あ?」
『ううん……会いたかったよ』
「!」


目の前で妖兄の顔が驚きに包まれる。


「熱でも、あんのか?」
『かもね』


柄にもなく不安になった。どんどん上昇していく室内の温度。喉が乾き体を冷やそうと出てくる汗が気持ち悪かった。もう扉を叩く体力も大声を張り上げる力も残っていなくて。

そして聞こえたんだ。声が。

あれは、雅治さんのだった……夢でなければ。


『ねえ、私を運んだのって、』
「仁王だ」
『やっぱりそっか……』


あれは夢ではなかったらしい。必死に私を呼ぶ雅治さんの声。私に触れた低い体温の手のひら。それが気持ちよくて安心できて、私は意識を飛ばしたんだ。


「……ったく、心配かけさせやがって」


わしゃわしゃと、私の頭を混ぜる妖兄の手のひらが、あの時の雅治さんの手のひらと重なった。不器用ながらも私を想ってくれている優しい手のひら。


「今日は一日安静だと」
『誰が?』
「青学の大石。あいつ将来は医者になりてぇんだと。医療のこと詳しくてな、脱水症状だったテメーの処置もあいつがやった」
『あとで、お礼言わないとね』


今回はいろんな人に助けられたようだ。


『練習は?』
「1時間遅れで開始はした。マネージャー業は萩之介がしてる。気にすんなって言ってたぜ」
『あーあ……結局萩ちゃんにも迷惑かけちゃった』
「だから、気にすんなって言ってんだよ。話聞け馬鹿」
『だって元はといえば私は萩ちゃんに楽しくテニスをしてもらいたくて、』
「あいつ、感謝してたぜ」
『え?』
「未久のおかげでこんなにも楽しくテニスが出来てるってな。逆に迷惑かけてごめんって、寝てるてめーにずっと謝ってたぜ」
『萩、ちゃん……』


私は、萩ちゃんを言い訳にしていたに過ぎなかった。

結局根底にあるのは私自身のエゴなのに。今回だって罠だと分かって倉庫まで私は行ったのだ。そして脱水症状になって。全ては自業自得だというのに。


『妖兄、』
「あ?」
『ごめん、ね』
「ケケケ、珍しいじゃねえか。どういう風の吹き回しだ?」
『私と宝華梨々はそっくりだ』
「……」
『自分の欲のためなら手段を選ばない大馬鹿者……そして周りを巻き込んでぐちゃぐちゃにする』
「確かにな」
『!』


キィィと、兄が座っていた座椅子が悲鳴を上げた。背もたれに体重をかけた妖兄は天井を見る。


「テメーは頭がいい。だからこの世界がくだらねえと感じるんだろうよ。だからこそ、本能がおもしれぇことを望む」
『……』
「その回転の早ぇ脳みそが、お前をそうさせる」
『……』
「だが、それでも未久、テメーは宝華梨々とは違ぇよ」
『そりゃ違う!けど、』
「全然違ぇよ」


妖兄が膨らませていた風船ガムをパンっと割った。


「米軍基地での事がバレそうになったとき、テメーは俺を庇ったな」
『それは庇ったんじゃなくて、単に面白そうだったからで……』
「麻黄中でアメフト部を作るとき、情報を俺に横流ししたな」
『それだって、たまたま情報を持っていて……』
「糞デブが神龍寺に推薦を蹴られたとき、神龍寺のパソコンにウイルス送ったな」
『あれは、新作のウイルスを試したかっただけで……』
「クリスマスボウルの夢、叶わせてくれたな」
『あれはっ!妖兄たちが頑張っただけじゃん!私は何もしてないッ』
「お前は、」
『!』


ふわり、と温かさに包まれる。冷房の効いた少し肌寒い部屋だけれど、温かい。ふわりと香るのは私の大好きな香り。妖兄の香水の香り。

後頭部を手で抑えられて引き寄せられる。私の鼻が妖兄の鍛え上げられた胸板にぶつかる。


「お前は、エゴだなんだって言って実は誰かの為にしか動いてねえよ」
『ッ』
「お前が情報に詳しくなったのは、糞親父が渡米してボロ負けしてからだったな」
『わ、たし、は』
「どうしてあの親父が負けたのか。対戦相手を徹底的の攻略して癖やなんかを調べ上げた。それを笑顔で糞親父に渡したな」
『、』
「だがもう手遅れだった。あの糞親父は腐った」
『妖、兄、』
「俺だって最初は、テメーにはうんざりしてた。くだらねえってな」
『っ』
「でも未久が集めた情報を見て俺は驚いた。親父のプレースタイルに合わせた相手の攻略方法。その全て。あの情報があれば糞親父は、ってな」


ギシリ、ベッドが重みで悲鳴を上げる。それと同時に妖兄が私を抱きしめる力も強くなった。


「憎かった。俺の持つすべての上を行くテメーが。でも、違う」
『!』
「どんなにえげつねえことをしたって、それがどれだけ犯罪じみていてもその全ては、絶対に誰かの為だった」
『妖兄、』
「だから俺は、お前と向き合うって決めたんだよ。だからテメーも逃げんな。テメーもテメー自身と向き合いやがれ」


目頭が、熱かった。




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