太陽(1/1)
彼を一言で表すとすれば太陽だと、彼を慕うものは口々に語る。それは彼の持つ真紅の髪色もそうだが、奥底に持つ、滾るような野望と覚悟、そして彼自身の持つ絶対的なカリスマ性がそうさせているのだろう。 今でこそ一国の王として国を統べている彼、カイゼル・ニーベルエンドだが、その幼少期は順風満帆とは言えなかった。 まず、彼は体が弱かった。少食で偏食、青白く細く薄い身体。病に伏せてしまえば治るまでに数日を要する。 そんな彼を見て古い考えを持つ者たちは口を揃えてこういうのだ。
「彼が後継者でいいのだろうか」と。 後ろ指を刺され続けたカイゼルだったが、その頃の彼が唯一誰にも負けない強さを誇っていたものが、負けず嫌いという点だった。罵詈雑言浴びせられようが嘲笑われようが、彼は諦めず、強さを求めた。 その強さはやがて人を集めた。 そうしてできたのが、今のネクロス王国と言えるだろう。
「カイゼル様、少しお休みになられては?3秒ほど」 「ヌーゴか、この書類に目を通したら休むつもりだ。勿論、3秒ではないがな」 「珍しいこともあるものですな。カイゼル様自ら口から、休むなどと出るのは。明日は雪だな」 「別に、この仕事を王の権限で貴様に押し付けてやってもいいんだぞ?ヌーゴ」 「あー明日の朝ごはんの仕込みがあったのだった、どろん!」
側近とも言える将軍、ヌーゴの後押しもあってか、そのあとすぐに職務を終えたカイゼルはググッと伸びをして椅子から立ち上がった。 執務室は、嫌に静かだった。
「む……名前、名前はいるか」
嫌な空気を感じたカイゼルは扉の方に向かって声を上げる。 声を上げること3秒、扉はノックされ開かれる。
『お呼びで、カイゼル様』 「今から休む。準備しろ」 『かしこまりました。湯浴みはいかがなさいますか?』 「軽く、な」 『ではタオルなども用意いたしましょう』
恭しく世話をする彼女、名前は決してカイゼルの侍女などではない。彼女もまた彼の治める国の兵士。普段はカイゼルと同じように剣を片手に戦場を駆け抜ける勇猛果敢な兵士である。 ならば、何故。
「あれー?名前?」 『クリスティー様、こんな夜更けに如何なさったのです?』 「えー?眠っているカイゼル様にイタズラしに行こうかなって思ったのよ」 『残念ながら、只今カイゼル様は湯浴みの最中ですよ』 「えー!面白くなぁーい!」
カイゼルが湯浴みの最中、カイゼルの使うタオルや着替えなどを運んでいた名前が出会ったのは将軍職を持っている少女、クリスティーだった。 彼女は人ではない。あくまで人の形をしたモノであった。それ故に好奇心があり、自分のやりたいことを臆することなく実行する。それが、カイゼルという一国の王へのイタズラである。
『今日のところはどうかご勘弁を』 「ふーん、しょうがないわね」 『ありがとうございます』 「じゃあ、質問に答えて!なんでもよ?」 『私でよければ』
名前は嫌な顔一つせず、二つ返事で了承する。そんな返事に嬉しそうに笑い口を開くクリスティー。
「名前って、カイゼル様のこと“スキ”なの?」 『っえ!?』 「なんでも答えるって言ったじゃない」 『そう、ですね。あの人に、私は何度も何度も救われましたから。好き、ですよ』 「あれ?そうだっけ?いっつも名前がカイゼル様を助けてるイメージ」 『そうでもないですよ』
優しく微笑む名前だが、どこか腑に落ちないクリスティー。 それもそのはず、彼女の記憶にはカイゼルが名前を助けるなどという場面がなかったからだ。むしろその逆。カイゼルの我が儘に付き合う名前の姿ばかりだった。 風邪をひいてフラフラなのに我が儘をいって剣の稽古をした挙句ぶっ倒れたカイゼルを献身的に介抱したのも名前。転んで擦り傷を作ったカイゼルのもとにいち早く駆け寄っていたのも名前。それと比例するように名前の名前ばかりを呼ぶカイゼル。
「なにから助けてもらったの?」 『んーなんでしょうね?』 「なにそれー!」 『強いて言うなら、世界から、ですかね』 「??」
体が弱くても、我が儘で傍若無人でも、そんなもの名前には関係なかった。 自分の名を呼び、綺麗に笑うカイゼルの姿こそが、名前を救っていたのだから。
『太陽なんです、カイゼル様は』 「あの、空にあるやつ?」 『そうです。あの、太陽』
ますます意味がわからないと顔をしかめるクリスティー。名前はにこにこと微笑むばかり。
「名前!!」 『か、カイゼル様!そのようなお姿で出てきては……!』
名前を呼ばれ、呼ばれた方向に目を向ければ浴室から腰にタオルを軽く巻いただけのカイゼルが仁王立ちしていた。名前は慌てて駆け寄り大きなバスローブを羽織らせた。
「相変わらず肌白いわね、カイゼル様」 「クリスティー、お前か?名前の足止めをしていたのは」 「クリスティーは名前とおしゃべりしてただけだもん」 「やはりな」 『とりあえず髪の毛を拭いてください!風邪ひきますよ!!』
カイゼルの正面に立ち、腕を伸ばしてカイゼルの髪の毛を拭いてゆく名前。カイゼルは為されるがまま。
「んー、今日はカイゼル様にいたずらするのやめるわ。あ、名前にいいこと教えてあげる」
クリスティーはそういうとそっと名前の耳元に唇を寄せつぶやいた。
「カイゼル様ね、自分の容姿が嫌いだったのよ?でも名前が綺麗だって言ったからスキになったって言ってたの。知ってた??」
それだけ言い残すとクリスティーは鼻歌を歌いながらその場を去っていった。
「クリスティーはなんて言っていた?というより、何を話していた?」
一通り髪の毛を拭き終えたカイゼルは手櫛で髪の毛を整えながら、タオルをたたむ名前に問いただした。
『私の、太陽の話です』
そう言って笑う名前の目には確かに、あの頃とは同じく負けず嫌いだが、力を手に入れ強くなったカイゼルの姿があった。
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