愛を抱えて悠久を生きる(1/1)

 ネクロス本城から望めるとある小高い丘には沢山の石碑が並んでいる。その全ては墓標であり数々の英雄の名が刻まれている。
 禍々しい雰囲気を漂わせているネクロスだが、そこに花が絶えることはなかった。
 家族が、戦友が、そして恋人がそこを訪れるのだ。
 名前もまた、この日両手にいっぱいの花束を手に丘を訪れていた。歩む度にゆらりと揺れるカサブランカはどこか悲しげにも見えた。

 先日、大きな戦いがあった。ネクロスとテオドアの決戦だった。どちらの国もその戦いに焦点を置き、用意していた兵力のほとんどを出し尽くした戦いだった。
 勿論、死者が多く出た。名前の友もまた、戦いに散った者の一人であった。
 魔導士だった。白いカサブランカが好きな、可憐な少女だった。しかし強く太い芯を持つ気高い女性でもあったと、名前はその友のことを見ていた。
 小さな石碑に刻まれている友の名前。この下には彼女の亡骸が埋まっている。名前はそっとカサブランカの花束を供えた。


『ネクロスは、勝ったよ。だから、ゆっくり眠るといいよ』


 二人は戦友でもあったが姉妹、家族のような間柄でもあった。それは二人が戦争孤児であり、ネクロスにあった孤児院で育った仲だったからだ。
 そんな二人を拾ったのがネクロスの兵士だったのだ。
 ネクロスの兵士になどならずとも、働き手は他にあった。それでも二人はネクロスの兵士として戦いたいと、こうして戦場に立つ兵士となっていた。

 隣の墓に備えられていた花弁が、風に舞い踊る。


「名前?」
『閣下……』


 コツリ、石畳を蹴り上げる音と共に降ってきた声に顔を上げれば、そこに立っていたのは名前が持ってきたものと同じカサブランカを抱えた将軍、アルケインだった。


『閣下も、お参りに?』
「えぇ。この間の聖戦では多くの者が散っていきましたからねェ……」


 仮面の下の表情は窺い知れない。それでも声色は酷く寂しげであった。


「こうして、花を手向けるのも何度目になるでしょうねェ……まぁ、年を数えるのも止めた僕が、手向けた花の数など覚えているはずもありませんが」
『戦争は、ずっとあるのですか?』
「ひとときの平和とひとときの戦争を繰り返す、それが世界でしょうね」
『嫌に、なりませんか?』
「嫌に、ですか」
『長く生きる閣下は、長く続く戦争に嫌にはなりませんか?剣を振るうのをやめたいと思ったことは、ないのですか?』


 不死者はそっと膝を折り、同じようにカサブランカを手向けた。そしてシルクの手袋で覆われた手のひらをそっと、名前の頭の上へと乗せた。


「何にしろ、皆が皆、僕より先に朽ちてゆく……彼女もそうだったし、いずれ君も」
『!』
「分かっている、けど辛いときだってある。それが感情というもの」
『でも、戦争は、突然死を呼びます……!』
「そうだ。しかし死とは突然やってくるものだ」
『そ、んな』


 名前の顔は絶望に染まる。アルケインはそんな顔を見て一瞬悲しげに笑い、そして改めて微笑みかけた。


「しかし戦争は僕に新たな出会いを運んでくれるものです」
『……え?』
「戦争がなければ君は独りではなかった。どこかの豊かな村で家族仲良く過ごしていたことでしょう。愛と希望に満ちた暖かな家で」
『そうでしょうね……』
「それは、ここに眠る彼女も一緒。戦争がなければ……たられば、に過ぎませんが。しかし、戦争があったからこそ君たちは出会った。そして、僕とも出会えた」
『閣下……』
「僕の数少ない楽しみなんですよ?と言っても、それは裏を返せば人の不幸で喜んでいるわけですがねェ……僕は優しくないから」


 するりと頭の上に置かれていた手を頬に滑らせ、アルケインは立ち上がった。


「外は寒いですからね、早く城に戻ってくるといい。ホットワインでも用意しましょう」


 軽やかに踏まれるステップはまるで舞踏会のよう。楽しげに紡がれる言葉はまるでオーケストラの輪舞曲のよう。


『閣下……ッ!』
「ん?なんだい?」
『私も、閣下に出会えてよかったと思っています……っ!だから、だから……』
「君は、優しい。兵士になるべき人間ではなかった」
『っ』


 踵を返したアルケインは手向けたばかりのカサブランカの花束から一本、純白のカサブランカを抜きとった。


「優しい君への贈り物だよ」
『え、あ、でも……閣下になにかを頂く等……』
「いいんですよ。僕は君に素敵な物を貰ったから」
『え……?』


 アルケインは名前の手を取り、カサブランカを握らせる。
 大きな花弁が二人の間で優雅に揺れる。


「フフッ、君の手は暖かいね。否、僕の手が冷たいだけか」


 呟くようにして言葉を吐き出したアルケインは再び立ち上がり、元来た道をもどっていった。


「また、大きな愛を頂いてしまいましたねェ」


 そして不死者は不死者であり続ける。


愛を抱えて悠久を生きる




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