幸福ラバーズ(1/1)
どうしてこうなった。
いや、原因は幾つか考えられるんだ。それはわかってる。まず1つ目は永倉先生のせい。あの人に出会わなければこんなことにはならなかったに違いない。そして2つ目はこの目の前にある扉の立て付けのせい。
「……大丈夫か、苗字」 『ま、まあ大丈夫だけど……どうする?』 「……」
灯りなどない密室に男女が二人。
これだけ聞けばどこのメロドラだって話だけどそんな話じゃない。
私と彼、斎藤一くんは体育館倉庫に閉じ込められている。
事の発端はおよそ30分前。委員会を終えた私と斎藤くんが二人で廊下を歩いていた時だ。ちょうど通りかかったのは数学教師の永倉先生。手を挙げてニカリと笑った先生は私たちに声をかけそしてひとつの頼み事をした。
「体育館倉庫の整理なんだけどよ、二人でやってくれねえか?」
そう、これが原因だ。何故風紀委員である私と斎藤くんなのか。そこは体育委員だろ。それか頻繁に体育館を使うバスケ部とかバレー部とかだろ。
しかし頼まれたからには、というのがその時の私と斎藤くんの考えだった。それに斎藤くんの性格を考えれば引き受けないはずがなかった。
でも、そのせいで今私と斎藤くんは閉じ込められているわけだ。
しかも今日は週に1度ある部活動のない日ときた。体育館には人っ子一人いない。
『立て付け悪すぎでしょ、この扉……』 「うむ、これは問題だ。すぐに土方先生に報告しなければ……」 『その報告も出られなきゃ意味ないんだけど』 「……」
原因はほかにもある。それがこの扉。
立て付けがクソみたいに悪く開けるコツは一度扉を蹴ってから開けること、というのが全校生徒の認識。でもそれは外側からのみらしく、いくら内側から蹴っても開かない。
整理作業中は扉を開けたままやっていた。でも整理中にバドミントンのポールが倒れ、それが扉にぶつかりその衝撃で扉は音を立てて閉じた。すぐさまそれまでに差し込んでいた光を取り戻そうと扉に手をかけるも開かず、というのが事の顛末だ。
『はぁ……どうしよっか。ケータイも外のカバンの中だし』 「こんなことならばポケットに入れておけばよかったな」 『だよねー』
連絡手段であるケータイだって倉庫の外に置いておいたカバンの中。運悪すぎてどうしようもない。
そして私は未だに目が暗闇に慣れずどうしようもなく焦っている。表面上は繕っているのだけれど左手がカタカタ震えている。
暗く埃っぽい室内。いつ誰が迎えにやってきてくれるかわからない状態。不安がないと言ったら、嘘になってしまう。
「苗字?」 『っ!な、何?』 「……大丈夫、か?」 『え、あ、大丈夫、だよ??』 「……左手が震えている」 『あ、』
どうしてわかったのだろう。こんな暗闇の中で私の左手が震えていただなんて。
斎藤くんがそういうと私の左手は自分のものではないぬくもりに包まれた。そのぬくもりが何かわからないほど私は鈍感ではない。これは、斎藤くんの手だ。
「怖いか?」 『ちょっと、ね』
斎藤くんの声色が妙に優しくて、握られた左手が妙に熱くて。
「心配ない。俺がいる」 『斎藤くん……』
強くなった握られた手。私もそれに応えるようにして握り返す。斎藤くんとの距離が、近くなったような気がした。
「だが、無力なものだな」 『え?』
ぽつりと、かなり小さな声で紡がれたそれは無音空間のここではいとも容易く私の鼓膜を揺らした。
「……俺はこの扉を開けることができない。苗字の不安を取り除いてやることも」 『そんなことないよ……!斎藤くんがいてくれてすごく心強いのに……!』 「苗字」 『怖いし不安だけど、でもこうして手を握ってくれて声をかけてくれて、不安なんかよりずっとずっと嬉しいって気持ちの方が大きくて、それでそれで……っ』 「ありがとう、苗字」 『!』
空気が震えた。隣の斎藤くんが笑っているような気がする。ああ、本当に今日はツイてない。斎藤くんが笑っているのにその顔を見られないなんて。
「……苗字、」 『ん?』 「……好きだ」 『……っえ?』 「いや、俺も、こんな時に不謹慎だなとは思ったのだが、その言いたくなったというか、その、だな……」
聞き間違いではないのだろうか?斎藤くんが私に好きだといったのも、隣でオロオロと焦っているのも、何かの間違いじゃないのか?
『痛い、』 「は……?」 『夢じゃ、ないんだ』
空いている右手で頬をつねってみた。痛い。痛みがこれを現実だとそうダイレクトに伝えてきた。
「苗字、」 『斎藤くん、私も好きだよ、斎藤くんのこと』 「!」
斎藤くんが息を飲んだのがわかった。顔が見えなくても、なんとなくわかる、伝わってくる。じゃあきっと斎藤くんにも伝わってるんだろうな。私の顔が紅いのも、私の顔が嬉しさのあまりに緩んでいるのも。
「……名前と、呼んでもいいだろうか……」 『っ!も、もちろんだよ!』 「そ、そうか……ずっと、名で呼びたいと、思っていた」 『あの、私も、一くんって呼んでも、いい?』 「っ!あ、ああ」 『フフッ、一くん』 「ッなんだ?」 『んーん、なんでもない』
閉じ込められてることだって忘れてしまうほど、嬉しかったんだ。
今日は最高にツイてる日だったみたい。
幸福ラバーズ
「斎藤ッ!苗字ッ!」 『土方先生の声、だよね?』 「あぁ」 『土方先生―!』
扉が開いて飛び込んできたのは焦った土方先生の顔で。でも私と一くんの顔みたら一瞬驚いた顔してそして微笑んでた。
――――――――― 詠理さん!10000打企画でのリクエストありがとうございました!現代パロで斎藤さんということでしたがいかがでしょうか?甘くしようと奮闘したのですが……。 詠理さんにはお世話になっております!この間もTwitterの方からサイトのことの報告ありがとうございました。それからすみませんでした。こちらのミスでお手数をおかけしてしまって。それなのに私は詠理さんの小説を読んでニヤニヤするだけだなんて……。この小説が少しでも恩返しになれば、と思いますです。 改めてリクエストありがとうございました!煮るなり焼くなりしてくださいまし!
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