わたしはちゃんとしあわせだ(1/1)
「すまねェ」
そういって一方的に謝った彼はすぐさま私に背を向けてその場を去っていった。私は、彼を止めることができなかった。
私と蛭魔妖一の関係は単純でいてそうではなかった。 家が近いわけでもない。ただ同じ地区であり小学校中学校が同じだっただけ。まぁ、その小さなコミュニティーの中でも小学校では4年次以外で同じクラス、中学校では2、3年と同じクラスだった私たち二人は、友達というには近くて親友というにはどこか気恥ずかしく恋人とは言い切れない関係を作り上げるに至った。 そんな関係が崩れたのは中学での部活が引退を迎えた日だった。 『淋しくなるね』と、私が声をかけたら蛭魔は珍しく「そうだな」って私を肯定した。『どうしたの?蛭魔らしくない』と冗談交じりで言えば蛭魔は真剣な顔で「そうかもしれねェな」って返してきた。 アメフトの試合をやっている時みたいな真剣な目に射抜かれて、動けなくなったことは今でも覚えてる。
「俺は、俺たちは神龍寺に行く」 『神奈川にある男子校、だったよね?アメフトが強いって有名じゃない。いい選択だと思うよ』 「淋しく、なんだろ?」 『!』
普通なら仲間のいる学校に私も行こうかななる場面。単純な少女漫画なら王道なパターン。でも、それは不可能。神龍寺は男子校だから。
「名前」
そう、私は文字通り動けなかった。蛭魔が近づいてきているのを何処か他人事のように眺めて、気付けば私は蛭魔の腕の中にいた。 見た目は細くて、運動をしている、ましてやアメフトなんてスポーツをしているような体つきではない蛭魔の身体。でも、こうして触れれば逞しい筋肉に驚きを隠せない。それと同時に彼の努力が形になっているのだと、感じ取れた。
「アメフトで全国優勝するのは、俺の、俺らの夢だ。叶えなきゃならねェ。だから、俺たちは神龍寺に行く」 『うん』 「だが俺は、お前とも一緒にいてェ」 『ひ、るま、』 「俺と、付き合え」
私の返事はイエス。好きという気持ちがどういうものなのか。恋愛経験皆無だった私にはさっぱりわからなかったけれど、ただ、私も蛭魔の傍にいたいと思ったのは確かだったから。
しかし蛭魔たちはいろいろあって神龍寺ではなく近所の泥門高校へと進学。私は少し離れた女子高へと進学。毎日は会えないけれど、メールや電話はほぼ毎日していた。むしろ神奈川なんて遠くじゃなくて安堵していた。
高1の春にムサシが抜けたときなんか、蛭魔は本当に荒れて。心配になった私は蛭魔の家へと向かった。そしてその日は蛭魔の家に泊まった。 蛭魔の弱い部分を知っているのは私だけ。そんな優越感を、どこかで抱いていた。
それが今年に入ってめっきり連絡を取らなくなった。春先に嬉しそうに話す蛭魔を思い出しては悲しくなるほどには連絡を取っていない。 それでも練習試合の結果とかを噂で聞いて彼の頑張りを陰ながらに応援してきた。 私に出来ることは少ない。私に何か出来ることがあるのならやるべきことがあるのなら、蛭魔はちゃんと私のことを利用してくれる。 だから、私は何も言わなかった。
きっと、それがいけなかったんだろうけれど。
日本一になるには秋大会を勝ち抜かなければならない。負けたら終わりのトーナメント。日程さえ合えば私もこっそり見に行っていた。 でも、そこで見たのは、私の代わりとも言える彼女の存在だった。亜麻色の髪の毛は本当に綺麗で、きっと外国の血が混ざっているのだろう綺麗な蒼い瞳を持った美少女。ジャージ姿でさえも絵になる彼女の働きは、素人でも目を見張るもので、知識のある私からすれば愕然とした。 去年まではいなかった。つまり、彼女は私よりもアメフト歴は短いはずなのだ。なのに彼女は。
私が蛭魔の彼女足りうる証。彼の支え。それはもう、彼女の役目と成り代わっていた。
だから、蛭魔は、私に連絡を寄越さなくなったのだと、私はすぐに理解した。
そして見事に、蛭魔たちは念願の全国優勝を果たした。
その中に、私はもちろんいなかった。
雪が降っていた。吐く息は白く染まっていて、視界に入ってくる。 蛭魔が一歩、また一歩と私から離れていく。もう、近づくには難しいくらいには離れてしまった。
『蛭魔っ!!』
ぴたり、彼の足が止まった。でもこちらを向くことはない。 ううん、それでいい。
『優勝、おめでとう』
彼の笑顔を、私は忘れない。
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