はちや三郎


気づけば「大丈夫」っていうのが私の口癖になっていた。
何にでも顔を変えられて、素顔を知る者はほとんどいない。
親友と言える雷蔵ですら、私の本当の顔を知らないのだから。
表向きには変装名人ということになっている。
忍者には必要な能力の一つだからだ。
でも、実際はそんな理由なんかじゃない。
三郎として生を受けた私は、はちやに押しつぶされそうになっていた。
そんな私が逃げ道として選んだのが変装というの名の仮面をかぶること。
自分自身を偽ることだった。
仮面を被って脅かせば、それだけでいいと思っていた。
皆が驚き、喚き、怒りそして笑う。
私も笑う。
それが、本当の笑いであるかは別として。

笑う皆の顔を眺めていた時に、ふと、目に入ったのは笑みではなく涙を浮かべるナマエの顔。
私は、そんな顔が見たいわけではないのに。
何故、泣くの?
私は彼女に駆け寄り涙を拭って、声をかけた。

「何故泣く?泣かなくていいじゃないか。笑って?」

そういえば彼女はまた涙を一粒ほろりとこぼした。

『嘘をつく、三郎を見ているのが悲しいの』
「私は嘘はついていない」

また一粒、ほろり。

「痛いのに、痛いって言わない。上手く笑えていないのに笑う。恥ずかしくなんてないのよ?
うまく笑えなくたって、痛いって喚いたっていいじゃない。一人が怖いなら私がいる。
大丈夫、大丈夫だよ」

仮面の壊れる音がした。





仁王雅治


嘘をつくのが当たり前で、それが俺の中で嘘じゃなくなるのは必然とも言えた。
誰かになりきる、自分が自分でなくなる。
それもいいじゃないか。
割り切ったわけでも諦めたわけでもない。
それがいいんだと、思っただけだった。

自分を見せて何になる。
自分が自分たりうるものとはなんだ?

考えるだけ、無駄だった。

それが、否定された。
間違ってなどいなかったはず。
こうすれば俺は俺でいられるはずだった。
なのに、俺は、負けて。

「ッ」

思わず奥歯を噛み締める。
でも、顔にはださない。

笑えばいい。それでいい。

『雅治』
「なんじゃ、ナマエ。おまえさんも俺を笑いに来たんか?それならそれでえぇよ」
『何も面白くないのに笑えない』
「そうかのう?」

自分を作り上げる。分厚い仮面を取り付ける。
でも、何故か、彼女の顔が見れなくて。

『雅治』
「……なんじゃ」
『雅治』

か細い声だと思った。
聞いたことのないような声だった。

俺は、ナマエの顔を見た。

「!」

泣いていた。
大きな目に涙をいっぱい溜めて。

そんな顔を見て、俺は思わず手を伸ばしてその雫をはらった。

「泣かんで?笑いんしゃい」

そう言って俺は笑みを浮かべる。
口角を上げる、目尻をホンの少しさげる。笑顔は、こうやって作る。

『嘘つき』
「ひどい言い草じゃの。騙してはおっても、嘘吐きじゃないぜよ」

はらっても、はらっても、こぼれ落ちてくる涙。

『雅治』
「ん?」
『無理して笑わないで。辛いなら辛いって言えばいい。痛いなら痛いって言えばいい。かっこわるくなんかないから、恥ずかしくないから。それが雅治なら私は全部全部受け止めるから。だから、嘘なんてつかないで』
「ナマエ」
『私が一緒に泣いてあげるから。ね?』

あぁ、適わん。
俺は一粒、雫を落とした。



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『ピエロ』byKEIさんで書いてみました。
これを聞いて真っ先に浮かんだ二人です。



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