ネクロス城、本城のほぼ中心部に位置する謁見の間。大きなガラス窓があるにもかかわらず薄暗いその部屋だが、豪華絢爛な装飾の数々は王のいる間にふさわしい造り。その上座に配置されている玉座には長い脚を組んでいる王の姿があった。
私は玉座から5段下の床の上に膝を付き頭を垂れる形で、王であるカイゼル様へと謁見。事の次第を伝えた。
「そうか、お前はあのいけ好かない女の……」
思案するかのように溜息と共に吐き出されたその言葉に私は身を堅くした。
もし、この国を出て行けと言われたら私はどうすればいいのだろうか。最悪の想定しか考えられない思考に嫌気が差す。
「ユーリア、顔を上げろ」
『はい……』
恐る恐る顔を上げれば澄み切った紅色の双眸が私を射抜いていた。見慣れているはずのそれが見たことのないもののように見えて私は息をするのも忘れた。ルビーかはたまたガーネットか、宝石のような瞳に私は吸い込まれそうになったのだ。
真っ白な肌に乗せられた、薄くも形のいい唇が動いた。
「よく、帰ってきた」
『!!』
鼓膜が震えた。目頭が熱い。視界が歪むのを感じる。
「これからも俺様の手足となれ、ユーリア。いいな?」
『御意に……カイゼル様ッ!ありがとう、ございます……ッ』
嬉しくて嬉しくて。幸せだって、そう思った。
嬉しくて嬉しくて思わず浮かべた笑み。その拍子に細められた瞳から一粒だけ涙がこぼれて頬を伝っていった。
「ふん……」
一瞬目を見開いたカイゼル様はすぐに顔を背けて鼻を鳴らした。
昔からそうだった。照れると顔を背けて鼻を鳴らすのだ。
まだ、記憶は戻っていない。フェルト様から教わったことしか分かっていない。
それでも私は、このネクロスに居たい。
国王であるカイゼル様がそれを許してくれるのなら私はこのネクロスですべてを捧げて、そして……
この国で、死ねたらいいなって
この日のネクロスは上空にはギラギラと太陽がきらめき、雲一つない晴天に恵まれた。そんなネクロスの城の裏手では畑仕事に精を出している兵士が何百人もいた。
いつもならば剣や弓、魔導用のロッドを手にして鎧やローブに身を包んでいる兵士たちが手にはスコップや鍬、服装はジャージや作業着と言ったものに身を包み土いじりに精を出している。
ネクロス城裏。ここにはご存知、アルケイン閣下の葡萄畑が存在している。
我らアルケイン軍の最優先事項は戦場ではなく葡萄畑。
晴天であるこの日、絶好の畑仕事日和にアルケイン様の配下である兵士が緊急招集されるのは当たり前とも言えた。
そんな畑仕事に嫌な顔をするどころか清々しく仕事をこなすのが私を含めたアルケイン軍直属部隊不死世界のランカーの面々。私が言うのもなんだが、不死世界のランカーはアルケイン様至上主義の集まりであるため、この緊急招集を今か今かと待っていたりする。
もちろんランカーである皆とは知り合いであり仲良くさせてもらっている。葡萄畑を見渡して目に入ってくるランカーの面々の顔からは幸せが滲み出ているのは言うまでもない。
『よいしょ……うわぁ!これはこれは!』
農具を木の根元まで運び終え、自分の身長よりは高い葡萄の木を見上げてやればまだまだ若く小さい葡萄が顔を覗かせていた。
『ネッビオーロがこんなにも……!嬉しいなぁ』
丹精込めて育てた葡萄がこうして立派に育っていく姿は感動できる。
そっと手に乗せればしっかりとした重みが伝わってくる。
『これはいいワインになる!もう少し、だね』
葡萄から手を離し、周りの葉をほんの少しとってやる。
すると肩に手を置かれ、その感覚で私は振り返った。そこには同僚が眩しい笑顔を振りまきながら立っていた。
「ユーリア!新人への説明よろしく」
『え、私が、ですか?』
「コレの説明はお前が一番うまいだろ」
『そうですか……?まぁ、任せていただけるのであれば是非』
「あぁ、よろしくなー」
手を振って去っていく後ろ姿を見つめ、私は息を吐いた。
私なんかは葡萄を世話してかなりの年月が経つ。戦士として兵士として弓を取る前から葡萄とは関わって生きてきたから。
片や新人兵士たちは兵士になりに来たわけであって、葡萄の世話などやったことのある人物などほとんどいない。だからこそ、こうしてベテランとも言える先輩兵士が新人兵士に葡萄の世話の仕方を教えるのだ。
葡萄畑の中心に広がる芝の空間には、今回が葡萄畑仕事初参加だという者たちが集まっていた。
私はその前に立ち、声を張る。
『新兵の皆さん!今日は!』
「あれって……」
「あぁ、そうだ。不死世界……」
「ランカー、ナンバー4の……」
『今回、葡萄についての説明で講師を務めます。不死世界No.4のユーリア・アークドールです』
「うわぁ……」
「話には聞いてたが、俺、ユーリアさん初めて見た……!」
『皆さんご存知の通り、アルケイン様の配下である私たち兵士は、何よりも葡萄畑を優先します。ですが此処に居る皆さんのほとんどが葡萄畑での仕事なんてしたことがないはず。ですから私が説明しながら今日は作業を進めていきたいと思っています。百聞は一見にしかずという東洋の言葉もありますし』
「「「はぁーい」」」
『新人さんには主にソービィニヨンという品種の葡萄のお世話をしていただきます。ソービィニヨンの特徴は比較的育てやすいということにあります。新人さんは慣れるまではソービィニヨンのお世話をしていただき、慣れたらレベルアップという形になります』
私が一息付けば、最前列にいた兵士が手を挙げて質問を飛ばしてきた。
「ユーリアさんはどこまで育てているのですか?」
『ランカーのNo.5よりも上はピノの生育許可を頂いています』
「ピノって、あの……?」
『ピノはご存知の方も多いかもしれないですね。赤ワインを製造するうえでの最高品種。育てるのは非常に困難で、毎年多くのピノがダメになります。はぁ……』
「「「(めっちゃ落ち込んでる……!)」」」
『気を取り直して説明を。まずは木の根元近くに生えている雑草取りです。しかし、これもただ闇雲に取ればいいというものではありません。草にも種類があり、みなさんが思っている通り葡萄の木の育成に良くない草、そして、むしろ葡萄の木を育成する上で成長を助けてくれる草もあるのです』
「「「へー!」」」
『今日はこの草の見分け方ともう一つ、美味しい葡萄の見分け方も』
「「「おぉー!」」」
『まずは色を見ます。ソービィニヨンの場合は皆さんが知っているような葡萄の色をするはずです。まぁ、手っ取り早い話は味ですが』
「食べるんですか……?」
『はい。あ、無闇矢鱈と食べてはダメですよ?色と重さを見てから味です。葡萄は逆三角形を描くように木にぶら下がっています。こういった形の果実は木の幹に近いほうが養分を多く含んでいます。ですから、』
「逆三角形の頂点にある葡萄が美味しければ」
「それより上についている葡萄も必然的に美味しい!」
『その通りです!では早速作業を始めていきたいと思います。ただ今日はまだ時期ではないので葡萄は食べられません。気をつけてくださいね。さて、皆さんに一冊ずつ草についての本が渡っているはずです。調べながらゆっくりでいいです。雑草取りをしてみてください』
「“果樹の育成と草”」
「あれ、これ……」
「著作、ユーリアさんじゃないですか……!」
『あ、はい。私が調べてまとめたものです』
「すげー……」
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