私は部屋に入ると、とりあえずフェルト様と自分の分の紅茶を淹れた。この部屋の内装は体に刻み込まれている。あの頃と全く変わらない内装。どこか、安心している私がいた。
カチャリとフェルト様の前に紅茶を置く。私も自分が座る席のところにカップを置き、そして席に着いた。
フェルト様は紅茶を一口飲むと、私の方を向いた。
「……お前のことを考えれば、筋道を立てて順を追って話すべきなのだと思う。だが、俺自身すべてを知るわけじゃない。わかることだけかいつまんで話す。いいな?」
『はい』
「……単刀直入に言う。お前の生まれ故郷はテオドアだ」
『やはり……』
「そして、お前の母親は……オフィーリア」
『そういう、ことですか』
引っかかっていた数々のピースがはまっていく感覚。
予想は出来ていたが、こうして改めて他人の口から聞くと驚きを隠せない。
「……ギギに会ったんだってな」
『はい』
「運がいい。あいつはお前のことを本気で心配していたやつだ。テオドアではお前の世話係だった」
『ギギ、将軍が……?』
私が思い出すのはあの戦場での出来事。私の姿を見て、私の声を聞き、私の名を聞いてその瞳に涙を浮かべた彼の姿。
「憶測も入るが……まあ、十中八九お前はあのオフィーリアに捨てられたんだろう」
『理由は、』
「詳しくはわからん。が、まあ、あいつのことだ……お前のその目、だろうな」
私は無意識のうちに左目を手で覆った。普段眼帯で隠されている、今も隠し続けているその目を。
「エルフの一族のことはよくわからんが、オフィーリア一個人自体がまず魔族を嫌っていた。それにテオドアの巫女だ。だからだろ」
『夢でも言っていました……この目がきっと災いをもたらすって……』
「そんな夢を見ていたのか……」
フェルト様は考える仕草をして、また口を開いた。
「ちなみにだが、あのギギって奴は唯一お前を城に留まらせようとしていたらしい」
『ギギ将軍が……』
「ああ。だがギギの説得も虚しくお前は国外追放された。ま、一端のお世話係の言うことなんか聞くわけがなかったわけだが。あとは、わかるな?」
『そのあと、怪我を負った私をフェルト様が拾ってくださったのですね』
「ああ」
喉が、カラカラだった。
私は紅茶を飲もうとカップを手にした。だが、カップを持つ手が震える。亜麻色の液体が波紋をつくりだす。
『……私は、敵国の王の、娘なわけですね』
私は紅茶に口をつけることなくカップをもとに戻した。
『テオドア神の巫女の血を、受け継いでいるわけですか』
「……あぁ」
ギリリと、奥歯が鳴った。
『そんな私がッ!ネクロスに居てもいいの……っ!?』
無意識に握っていた手のひらからは緋色の液体が零れ落ちた。
「ネクロスにいていいのかどうかは、俺が判断することじゃない。俺はお前の味方だが、ネクロスの味方ではない。むしろ敵に値する。今回は個人的な訪問だったから許可が下りた」
『……』
「……アルケイン呼ぶか?」
『……暫く、一人にしてもらってもいいですか』
「わかった。お前の部屋は逆側の部屋だ。使うといい」
『ありがとう、ございます』
私よりも先にフェルト様が部屋を出る。
立ち上がるとカップの中の紅茶に私の顔が写った。写し出される自分の顔が見たくなくて、私は早足で部屋をあとにした。
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