砂漠はとにかく足場が悪い。
それはトラップが仕掛けにくく、スムーズに歩を進めることができるという利点でもあるのだけれど。
そして私の2歩先を歩く我が上司ははっきり目に見えるほどに衰弱していた。
「はぁ……なんで僕はこうも砂漠に……」
『今更ですよ、アルケイン様。嫌なら断ればよろしいのに』
「出来るわけないじゃないですか!」
『しかし、直射日光はお嫌いなのでしょう?』
「大嫌いですね」
アルケイン様が嫌いなものの中に、太陽というものがある。それなのに、こうして砂漠という影のない戦場へとよく派遣される。
『その旨、カイゼル様にお伝えになればよろしいのに』
「どうでしょう……伝えたところでカイゼル様が考慮してくれるとは思えません……」
『あはは……でも、アルケイン様。無理はなさらぬよう、お願いします』
「そうですね」
暫く歩けば敵陣営が見えてきた。
『ここあたりでいいでしょう。十分射程距離圏内です。これ以上近づけばそれこそ厄介ですし』
「……ユーリアさん、敵陣にはあまり人がいない様子ですが、」
『そのようですね……ですが、相手の将軍はいらっしゃるようですから、一気に行きます』
私がそういえば、総員が弓を構え始める。
私も弓を取り出し、構える。
『総員構えっ!』
ギリリと弦がしなる。
『……放てっ!』
空を切り裂く音が聞こえる。
弓士にも様々な役職があるが、私は所謂“鬼弓士”と呼ばれる職に就いている。鬼弓師が放った矢は暗黒を纏い、鬼を纏う。矢に纏う鬼は標的となった敵を己ものとも地獄へと引きずり込む。
『仕留めたか……?いや、まだか……』
消えない大きな魔導力に、将軍を仕留めきれていないことを知る。そのときだ、
「ぎゃぁぁああ!」
『どうしたっ?!』
背後から味方の悲鳴が聞こえ、急いで振り返る。
そこには炎に包まれている味方が多数。
『くっ……』
「爆炎魔法のようです……!五分の一程度痛手を……っ!」
『治療をします!運んでっ!』
「「「はいっ!」」」
私は指示を出し終えると、アルケイン様を探した。しかし、
『アルケイン様!アルケイン様……?』
ぐるりと周りを見渡しても姿が見当たらない。私は言いようのない不安感に襲われた。
「ユーリアさん!」
仲間に名を呼ばれ、はっとなる。
『今行きます!』
「っあ……!?」
怪我人を運んでいた部下が驚愕の表情でその場に固まってしまう。そして顔色はどんどん悪くなってゆくばかり。
その視線は、私の背後に注がれていた。
『どうし……っ!!』
振り向けばそこには、テオドア将軍ギギが立っていた。
私はすぐさまそこを飛び退き部下を背にした。
「貴女ですか?私の魔術にいち早く気づかれたのは?お名前をお伺いしても?」
『貴方に名乗る必要性を感じません』
私は殺気を放ちながら腰に装備していた短剣へと手を伸ばした。
『……魔術から見てかなりの強者だと思いましたが……敵兵の懐に単身飛び込んでくるだなんて、無謀ですね』
「貴女のところの将軍も同じことをなさっていましたが?」
『あの方とお前を一緒にするな!』
私は自分でも驚く程低い声で言い放った。
彼の言葉はまるで、アルケイン様を馬鹿にしているように聞こえたから。
「あぁ、不死者でしたか」
納得したように頷く将軍ギギ。
「貴女……よく見ると美しい。どうです?我が軍に?空席があるのですが……」
「ふざけるな!ユーリアさんがお前なんかの軍に行くわけないだろう!」
「……ユーリア……?今、ユーリアとおっしゃいましたか……?」
彼の声が震える。私の名に驚きを隠せていないようだ。驚愕の表情を浮かべながら私の名を口にする。
『私の名に、何か?』
「あぁ……っ!ユーリア様……っ」
『な、なにっ!?』
目の前の敵将ギギは、その瞳に涙を浮かべてその場に跪いた。
「探しておりました……!あの日からずっと……っ!」
『何を、言って……』
「ユーリア様……帰りましょう?共にテオドアへ。きっと今の凛々しいお姿をご覧になればフィーリア様だって……」
『わ、私はネクロス兵だ!ネクロスが故郷だ!テオドアなんて、テオドアなんて知らないっ』
頭の中がぐちゃぐちゃになって、相手が何を言っているのか理解できなかった。テオドア?ユーリア様?帰ろう?
嗚呼……私は、ダレ?
「ユーリア様……もしや、記憶が……?」
「ユーリアっ!」
『っあ、アルケイン様ぁ……』
大好きな声が私の耳を擽った。その声を聞いた私の体は力を失い崩れかける。
「君何をしたんです?ユーリアに何をしたッ!」
崩れかけた私をアルケイン様は支え、肩を抱いてくれた。温もりのないその冷たさに私は酷く安心できた。その冷たさこそ、アルケイン様の温もりそのものだから。
『アルケイン、様……私は、わ、たしは……』
呼吸をするのも苦しい。私は必死に息を吸い、そしてアルケイン様の服を握った。
「落ち着いて」
耳元でゆっくりと紡がれるその言葉。
落ち着きたい。でも、震えが止まってくれない。呼吸が乱れる。
「……これ以上惑わすことを言うのであれば、斬りますよ?」
殺気混じりの言葉が相手へと刺さる。
「やはり、記憶が……わかりました。私はユーリア様の味方です。これ以上ユーリア様が苦しむ姿は見たくない。ここは退きましょう」
そういって彼は私に悲しみの視線を向けると踵を返した。
「ユーリア……?」
『私は、あの人が……ギギ将軍が、嘘を言っているとは……思えないのです……アルケイン様……』
あの瞳は真実を語っているように見えた。嘘など欠片もない澄んだ瞳。
「ユーリア……でも君が苦しむ必要なんてないんです。思い出したくないのであれば思い出さなくてもいいと、僕は考えています。ユーリアは違うのかい?」
『私は……』
「無理はしないで。ただ、もし……もし気になるのなら、フェルトさんの所へ行きましょう」
『あ……』
「それでいいですね?」
『……はい』
「それじゃあそうしよう。総引退避だ。一度戻ります」
「「「はい!」」」
過去は、私はいとも簡単に縛り付ける。
そして私はとらわれるんだ。