『本の修正終了、っと』
私はペンを置くとググっと伸びをした。机の上に置かれた本の表題は『オルガ大陸の歴史』だ。私は今まさにこの本の修正を行い、そして終わったところだ。
なら私の仕事は司書か何かかと問われればその答えは否である。
私はこの歴史書にも出てくるネクロス王国の兵士である。兵士ではあるけれど、たまにこんな仕事もこなす。なかなか、やりごたえのある仕事だ。
『書庫に持って行って終わりかな』
私はネクロス城内に設けられている自室を出て書庫へと向かった。
「ユーリアさん!」
『これは、不死兵団隊長のクロさんじゃないですか。どうかなさったんですか?』
「お忙しいところ申し訳ありません。今から新兵の入団式を第一集会室で執り行うのですが、アルケイン様が是非ユーリアさんにも足を運んで欲しいと」
『アルケイン様が?』
「はい」
『アルケイン様がおっしゃるのであれば、今すぐ向かいましょう』
このネクロス王国軍の組織は複雑であるように見え単純である。
国王が一人。その下に将軍が三人存在し、その三人の将軍は各自軍を所有している。もちろん、国王自らも軍を所有しているが。
それぞれの軍は特色を持っており、兵士は自分にあった軍を選択することができる。
私はネクロス王国軍の中でもアルケイン将軍のもとで日夜働いている。私の所属する軍はアルケイン直属不死世界と呼ばれる軍隊だ。
先ほど話に出てきた不死兵団はアルケイン様が持つ軍の中でも最下層にある軍隊であり、入隊したての兵はまずこの隊に入ることとなる。勿論、私も入隊したては不死兵団へと入隊した。
基本的にあまり関わりのない軍なのだが、アルケイン様が呼んでいるとなれば話は別である。私は足早に第一集会室へと向かった。
数ある集会室の中でもかなりの大きさを誇る此処、第一集会室の扉は大きく立派なものである。私はその扉をおもいっきりノックした。ノックから3秒足らず、私はその重たい扉を開き、中へと足を踏み入れた。
『失礼いたします』
「あぁ、ユーリア。待っていたよ」
私の声に反応し声をかけたのは仮面をつけた長身の男性。
彼こそが、我等が将軍。
「遅くなり申し訳ございません、アルケイン様」
頭を下げて非礼を詫びればアルケイン様は唯一覗く口元にゆるりと弧を描かせ、笑みを湛えた。
「いいんだよ、ユーリア。僕こそ急に呼び出してしまって。君のことだ、忙しかっただろう?」
『いえ。丁度仕事を終えたところでしたので。あとは書庫へと持って行くだけです』
「もしかして、あの歴史本の修正を頼まれていたのってユーリア?」
『はい』
「大変だっただろう?」
『この程度問題ありません。こちらこそ、勉強させていただきましたので』
「ふむ、あとで見せてもらってもいいかい?」
『見ていただけるんですか!?』
「勿論だよ」
『ありがとうございます、閣下』
私がまた頭を下げれば上質な布でできた手袋が私の頭を撫でた。そして喉の奥でアルケイン様が笑う。
「フフフ……さぁ始めよう。クロくん」
アルケイン様の言葉にクロさんが頷き、咳払いを一つ。
「これから不死兵団の入団式を執り行います。アルケイン将軍よりお言葉を頂戴いたしたく思います。アルケイン様、お願いいたします」
ずらりと並んだ新兵。その大勢の前に臆することなく歩みを続けるアルケイン様。中央の壇上に登り、そして兵士の顔を見回す。
「うん。じゃあ簡単にね」
重々しくも滑稽に。アルケイン様が口を開いた。
「僕の軍は規律が緩いことで有名なんです」
そういえば新兵はほんの少しざわつく。無理もない。そんなことを言われるなんて夢にも思わなかっただろうから。
一方で私や、隣にいるクロさんはその顔に苦笑いを浮かべている。
「ルールはたった2つです。その1、葡萄の収穫は出撃よりも最優先で行うこと。僕の趣味はワインなんです。その2、僕のワインセラーに近づかないこと。絶対ですよ?許可した人物以外はダメです。まあ、入団式なのではっきりと言いましょうか。もし、触れようものならその命……保証しませんよ」
その声には明らかに殺気が混じっていた。多くの兵が呼吸を忘れ、息を飲んだ。
「これだけです。簡単でしょ?」
先程とは打って変わった声色。軽い口調でさらりと言ってのける。これだから、彼は恐ろしいのだ。
「本当はね、僕が興味あるのは大陸制覇とかじゃなくて、大陸全土を葡萄畑にすることなんです」
ふふん、と楽しげに言葉を紡いでゆくアルケイン様。
「すでに城の裏から畑作りを始めているんですけど、誰にも言っちゃダメですよ?特に、クリスティーには絶対に言わないでください。絶対、葡萄畑を荒らしに来ます。そういう子なんです」
妙に真剣味を帯びた言葉。そして彼の口から出てくる一人の将軍の名前。
「話は以上」
そしてアルケイン様は壇上から降りた。
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