この日、私は上からの命を受け、ひとり江戸へと訪れていた。粗方の用事を済ませ、私は日比谷にある植木屋に足を向けていた。土方さんに聞いた総司の居場所。死病と言われる労咳を患い、戦線を離脱せざるを得なくなった新選組の刃。



『今日は、総司』
「え、花……っ」
『久しぶりだね』



障子戸を開けばすぐそこは庭と言った部屋。敷かれた布団の上で横たわるのは見間違うことなく彼、沖田総司だった。

突然現れた私を見て彼らしくもなく、目を見開いて驚いている。



それよりも、私のほうが驚いたのだが。



最後に見たときよりも明らかに痩せ細り、やつれている。肌も青白く、生気を感じられない。これがあの、沖田総司なのだろうかと思わせるほどに。



『思ったよりも元気そうだね』
「そう見える?」
『うん。もっと酷いのかと思ってた』
「そっちこそ、どうしたのさ」
『野暮用で江戸にね。此処のことは土方さんに聞いた』
「そっか……土方さんに……」



そう言って視線を宙に彷徨わせる。果たして彼はいつから土方さんたちに会っていないのだろうか。



『お土産、持ってきたよ』
「へえ、花にしては気が利くんだね」
『一言余計だよ。金平糖、あげないよ?』
「許して?」
『はぁ……今お茶入れてくるから』
「はーい」



聞いた話によると総司は昔よりも更に食が細くなったそうだ。昔もかなり食が細い方だったがそれ以上と聞いて驚いた。

なんでも、一日一食食べればいいほうだそうだ。ものを食べなければ薬だって飲めない。ものを食べなければ栄養だって取れない。悪循環なのだ。

総司の世話をしてくれている松本先生が言うには、なんでもいいから口にして薬を飲んで欲しいとのこと。

私は彼の好物であった金平糖を、江戸でも有数の店で購入してここに足を運んだのだ。金平糖ごときだが、されど金平糖だ。

私はお茶をいれると、盆にお茶と金平糖を乗せて部屋へと戻った。



『お待たせ』
「ありがとう」



部屋に戻ると総司は体を起こして、外を眺めていた。今日の江戸は晴天に恵まれている。


私が畳の上に盆を置くや否や、すぐさま金平糖に手を伸ばした。



「おいしい」
『そう?よかった』
「これ、高かったんじゃないの?」
『まぁまぁね』



私が笑えば総司も笑った。まるで昔の戻ったような錯覚に陥る。

昔もそうだった。総司が笑えば私も可笑しくて笑って。私が可笑しいと笑えば総司も笑っていた。


過ごしやすい気候のもとで、金平糖を食べながらお茶を啜る。今まさに戦争の真っ只中なはずなのにここだけは別世界のように感じた。

でも、それは総司にとっては辛く苦しいことなのだろうと思った。

彼は新選組の刃で、刀で、殺し合いを生きる意味として存在理由として掲げていた。なのに今彼は戦場ではなく床の上で人生を終えようとしている。



「ねえ、花」
『どうしたの、総司』
「こんなこと言うのも癪なんだけど、」



コトリと湯呑を盆の上に乗せる。総司が短く息を吸うのが聞こえた。



「君は、後悔せずに生きるんだよ?」
『っ』



翡翠色の双眸が真っ直ぐに私を射抜く。その瞳に浮かぶ感情は私の心を揺すぶるのには十分だった。



「なんてね。まあせいぜい犬死しないようにね」



へらりと笑って私にそう投げつける。



『ははっ、変わってないね。まったく……』



そう、彼は変わってなかった。いい意味でも悪い意味でも。


変にわがままで、変に素直で。不器用で、それでいて素直じゃなくて。矛盾を抱えた幼子みたい。


総司は私の言葉の意味を理解したのか苦笑していた。



「なに?変わってて欲しかったの?」
『ううん。逆に安心したよ』
「そう、ならいいけど」



そう言ってまた笑う。



「ねえ、お茶もっと飲みたいんだけど」
『うん。今いれてくる』
「やっぱり、君の入れるお茶が一番美味しい気がするよ」
『……褒めても何も出ないよ。お茶くらいしか』
「それでいいよ」



そう言ってまた笑った。




床の笑み




私は盆をもって部屋をあとにした。

彼にこの涙を見られないように。




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