空の色がすっかり橙色へとその様相を変貌させた頃、あたしはようやく帰路につくことができた。保健室の鍵をかけ、それを職員室へと返して昇降口へと向かう。

昇降口の大きなガラス窓から差し込んでくる夕陽。それが逆光となっていてシルエットしか浮かんでいないが、間違いなくあたしの下駄箱の前にいるのは不二だ。


試合自体はもう2時間も前に終わっている。選手たちもまた、30分ほど前に解散になっていたはずだ。



『なにしてんの?』
「ん?勿論、美希のことを待ってたんだよ」



さもそれが当然の如くするりと口から溢れる言葉。普通の女子ならば黄色い声を上げるか顔を真っ赤にして喜ぶところなのだろうが、生憎あたしはそんな可愛らしい女の子じゃない。

はっきり言えば、不二のソレは迷惑行為なのだ。今日、ここでテニス部の練習試合が行われることは周知の事実だったし、実際に観客の中には制服を身にまとった女の子も多いとは言わないまでも存在はした。果たしてその中の何人が不二に気がある子なのかは知りたくもない事柄だけれど、いないとは一概に言い切れないわけだ。

そんな状態で、仲良く帰宅なんてそれこそあたしにとっては自殺行為のソレ。本日、最も避けなければならない事なわけで。



あたしは不二を押しのけローファーを下駄箱から取り出し履く。そして足早に昇降口を出ようとした。勿論、不二を無視して。


でも、それは掴まれた腕によって阻まれたのは、言うまでもない。



「待ちなよ」
『あたしに待つ理由がない』
「僕、待ってたんだけど」
『勝手にね』
「勝手にじゃなきゃよかったの?」
『言ってくれれば、ちゃんと断ったわ』
「結局断るんじゃない」



あたしは振り向くことをせずに会話を続けた。振り向いたら、負けだ。



「一緒の方向なんだし、いいじゃない」
『一緒の方向だから一緒に帰らなきゃいけないなんて知らない』
「何がそんなに嫌なんだい?」



不二から投げつけられる疑問詞。あたしはそれにキレた。



『あのね!あんたはわかってない!あんたがどれだけこの学校で影響力を持ってるのか!自覚が何なんて言わせないわよ。そんなにあんたが鈍感じゃないことくらい知ってる!』
「それで?」
『っ』



振り向いた先にある、不二の双眸。鋭い瞳に射抜かれた私は一瞬、息の仕方を忘れる。



『あたしには、不二と一緒に帰るメリットがない。むしろデメリットだらけだって言ってるの』
「本当に?」
『当たり前でしょ。いい加減にしてよ、人を馬鹿にするのも』
「ふーん、そっか。じゃ、帰ろうか」
『は?え、ちょ、待ちなさいよ!』



あたしの言葉をどう捉えたのか知らないしわからない。でも、何故そのまま手を引かれて帰らねばならないんだ。不本意だ、不本意すぎる。

不二の思考回路、どうかしてるんじゃないかしら。



い瞳の王子様



それを振り払えないあたしもどうかしてる。