休日であるこの日、青学のテニスコートでは練習試合が行われていた。別に練習試合を見学に来たわけではない。スポーツ全般につきものである怪我の心配だ。保健委員会を3年間勤めているあたしはこれまた3年間変わらない養護教諭の頼みもあり、晴れやかな休日に保健室に身をおいていた。

来るわ来るわの怪我人の数々。まあ大概が擦り傷なんだけれど。ボールに飛び込んでいった結果のスライディングで膝や肘が擦り切れてしまっていくわけ。

さっきは菊丸くんが掌の治療にやってきた。彼はアクロバティックなプレーをすると有名な選手だ。きっと試合中に何度も地面に手を着いたのだろう。左手が傷だらけだった。



『ふぅ』



午前からずっとやっている試合もお昼休憩だ。あたしは保健室にある机の上にお昼ご飯を広げた。平日であれば手作りの(勿論母親手作り)お弁当なわけだけれど生憎今日は休日。昨日の夜母親に野口さんを1人手渡されたあたしはその野口さんを手に今朝はコンビニに立ち寄った。

パンを二つにミルクティー。それとチョコレート。ちょっと暑い今日、あたしは保健室の冷蔵庫を借りて今の今までミルクティーとチョコレートを冷やしていた。そのくらいは許してもらわないと、この休日出勤は割に合わない。


そしてあたしが2つめのパンへと手を伸ばしたとき、ガララと保健室の戸が開いた。そこにいたのは勿論、彼。



「お疲れ様、美希」
『こちらこそ』
「お昼くらい、僕らと食べればよかったのに」
『一人でゆっくりの方があたしは好きなの』
「へえ」



ニコニコと効果音が聞こえてきそうなくらいの笑みを浮かべた不二が何かを企んでいるのは、あたしには分かってしまった。



『……なに』
「僕の試合、午後からなんだ。見に来ないかい?」
『あたしには仕事があるの』
「午後一番の試合だから大丈夫だよ。そんなに怪我人のことが心配なら試合すぐに終わらせるし」
『……』



今日の不二の対戦相手が不憫に思えたのはきっとあたしだけじゃないだろう。顔も名も知らぬ相手にあたしは心の中で手を合わせておいた。



「来てよね」



それだけ言い残すと彼はテニスコートへと戻っていった。

行かないこともできただろう。でも、別にあたしはテニスが嫌いなわけではない。テニスに罪はないし、それにテニスをしている不二は嫌いじゃない。だからあたしはほんの少しだけ、テニスコートに顔を出した。


あえて言葉で表すのならば、綺麗、だろうか。無駄のない動き。ボールをラケットで打つというよりはボールがラケットに打たせてもらっているように錯覚してしまう。そんなプレー。

きっとこんなテニスを見てしまうから、私は不二周助という存在を嫌いになりきれないのだと思う。



妖精のが見えた頃



誰だって、綺麗なものは嫌いになれないもの。