誰が呼んだか、彼はいつの間にか『天才』と呼ばれるようになっていた。あながち、間違いでないとあたしは思う。なんでもそつなくこなしてしまう彼は誰の目にも天才に映ってしまう。 柔和な笑み、優しげな物腰。大人しそうながらも運動をも為してしまう。それが彼、不二周助だった。 彼とは所謂幼馴染の関係に当たる。物心つく頃から顔を合わせて行動を共にしてきた。それはもちろん、彼の弟くんである裕太にも当てはまるのだけれど。 だからあたしは目の前で裕太の葛藤を見てきた。天才な兄と比べられ、天才の弟として世間に認識されてしまう日々。あたしは彼を裕太と呼んだ。そうすれば彼は照れたように笑うから。でもあたしは彼のことは不二と呼んだ。あたしの中での、一種の線引きなのだ。 「おはよう、美希」 『……おはよう、不二』 家が近いと、こうしてたまに朝が一緒になったりする。誰が決めたか、中学の同じあたしと不二は顔を合わせると隣り合って登校した。別に一緒に登校したくて登校しているわけではないことを理解して欲しい。 いくらあたしが早足で歩いても、それに彼が歩幅を合わせる。いくらあたしがゆっくり歩いても彼が歩幅を合わせてしまうのだ。あたしは悪くない。一切。 「そう思えば今日は英語の小テストだったね。勉強したかい?」 『した』 「そっか。美希は英語があまり得意じゃないみたいだから少し心配してたんだ」 『そう』 「ねえ、今日一緒にお昼食べようよ」 『菊丸くんは?』 「英二と一緒は嫌?」 『嫌』 「そっか。それは残念」 不二は優しい。でもだからといって誰でも簡単に話せる相手ではないだろう。 だからあたしはよく羨ましがられるわけだけれど、あたしからすればこの幼馴染というポジションは重荷でしかない。一種の重圧。プレッシャー。 それに、だ。 私はこうして話しかけてくる間にも、彼の顔に貼り付けられている笑顔が気に食わない。もっと言うならば、大嫌いだ。 甘いマスク?笑わせないで。 彼はそうして、内心楽しんでいるんだ。幼馴染という関係でありながらもその幼馴染を嫌悪しているあたしを見て。不二にとってあたしなんてただの穀潰し。手頃で身近な玩具でしかない。 何が悲しくて、こいつと幼馴染をやらなければいけないんだ。 いいことなんて、ひとつだってないのに。 赤い靴では踊らない ほら、また好奇と憎悪の眼差しがあたしたちに向いている。 |