「それではまた明日会いましょう。アデュー」
『バイバイ、柳生』
辺りが暗くなり始めて、町にある電灯という電灯が灯り始める。そうすれば辺りは暗いことなんて忘れさせるくらいに明るくなる。
私に手を振って元来た道を戻ってゆく彼を私は見つめた。
彼は柳生比呂士。私と同じく立海大附属中学に通う三年生。
全国区として有名な男子テニス部に所属し、その中でもレギュラーの座へと就いている実力者。おまけに頭も良く品行方正で性格も紳士と、文句のつけようがない男。
私はそんな彼と付き合っている。
といっても、世間一般で言う付き合いではないかもしれない。
私たちはお互いに別に好きなわけではない。まあ、嫌いなわけでもないが。つまるところ、恋愛感情を持っていない。でも私も柳生も、一緒にいてイラつくことがなく、どちらかといえば落ち着く程度の相性の良さを抱いている。
彼はあのテニス部のレギュラーと言うレッテルが貼られている。そのレッテルが生み出すものはマイナスなものの方が多い。それらから守る意味も込め私は彼と付き合っているわけだ。
つまるところ、私たちは互いに利用し合っている関係に過ぎない。
だから恋人らしいことなんて数えられる程度しかしたことがない。
今みたいに家に送ってくれたり、たまーにお昼を一緒に食べたり、たまーに一緒に図書室で本を読んだり。そして本当にごくたまに、見せつけるために手をつなぐ。
そんな程度。
デートなんてしたことないし、キスやそれ以上なんてもってのほか。
こんな関係こそ周りの女子に恨まれるのでは?とも考えたことはあったが、さすがに立海大付属に通う女子だけはある。節度はわきまえているようだ。
誰も私と柳生の関係がこんなものだなんて知らない。ほんの少し、背徳的とも言えるこの関係。
……いや、ただひとりだけ、この関係を知っている。
『……仁王』
私は去りゆく背中に、聞こえないように呟いた。
偽りの恋、初めました。今頃柳生は、何をしているんだろう。